説明しよう。間違いなく事故物件である。~余りもの令息をあてがわれても、伯爵令嬢はくじけない~
説明しよう。これは、間違いなく事故物件である――――。
現在、私は回避できそうにもないとある案件について、頭を悩ませている。
先ず、ひとつ。
超絶病弱な伯爵家の令嬢に産まれ、十九歳で死んだこと。
ふたつ。
なぜか生き返った。というか、転生というか、憑依なのか、何なのか。とりあえず、生き返った。
みっつ。
前世たる記憶しかないこと。マリエッラと呼ばれたものの、前世の私は『万里枝』であり、『ッラ』の追加はどうかと思っていること。
よっつ。
転生特典らしきものがない。未だに超絶病弱。前世はホームヘルパーだったから、多少は自身の身体について対処はできるかもしれないけど。
いつつ。
両親はマリエッラに何も期待しておらず、将来のことなど微塵も考慮してはいなかった。なので、婚約者が複数人に婚約破棄されまくって行き遅れになっている三一歳の侯爵令息。
ちなみに、キャラメルブラウンの髪はストレートロングで高い位置でのポニテ。瞳はエメラルド。顔面は彫りが深いな、くらいしか思わないけど、嫌いではない。
むっつ。
いま目の前で、その侯爵令息が「どうせ結婚は無理だろうと思って、婚約を受理していたんだが……」と、明らかな『独身貴族バンザイ派閥』的な発言をしたこと。
他にも色々とあるが、大きいところだと、以上だ。
これは回避不可レベルの事故物件だと判断するものの、諦めるのは性に合わない。
そもそも、なぜ転生したのか。
前世の死に際は覚えている。
仕事場から帰る途中に、春の嵐でふっ飛んできたでっかい看板に車が押し潰され、ドッカーンとなった。こりゃ無理だ! 享年三八の未婚か、ドンマイ! と思ったとこから、意識がなくなった。
次にベッドの上で目覚めたから「ラッキー! 生きてた!」と思ったら、マリエッラになっていた。
マリエッラの記憶が一切ないというか、そもそも私は『万里枝』なのである。
だから、死の境を彷徨って記憶喪失ということにした。
記憶が全くないものだから、体裁を保つためのお見舞いだったとも知らず、侯爵令息に結婚の話を進めたいと言ってしまった。
そのおかげで、「どうせ結婚は無理だろうと思って、婚約を受理していたんだが……」という発言を引き出してしまったらしい。
「婚約破棄の前提だったんですか?」
「ああ。君は、その…………」
妙に口籠られるから気付いてしまう。
「直ぐに死ぬから、と言われた?」
「…………ああ」
納得である。
本物(?)のマリエッラは、ベッドの上から一ミリも動かずにわがままし放題だったらしい。
侯爵令息との婚約も、マリエッラが婚約者がほしいとわがままを言い続けていたので、とりあえず余りものでいいから充てがっておけ!とかいう勢いでの婚約だったんじゃなかろうか。
「なるほど。諸事情で、私この家から出たいんですよね」
「諸事情?」
侯爵令息は思ったよりも話せる人物かもしれない。結構に失礼な感じで話しかけているのに、なぜだかちゃんと私の話を聞こうとしてくれているから。
「はい、諸事情で。ええっと…………お名前をお伺いしても?」
流石に『行き遅れ令息』とか『余り物の令息』とか呼び掛けられないし? と思っていたら、怪訝な顔をされてしまった。
「名前を、知らない……のか?」
「あっ、そこまでは聞いてなかったパターンですか。記憶喪失になりまして、先月より前のことは一ミリも覚えてないんですよね」
「そういうことか――――」
キャラメルブラウンの髪はストレートロングで高い位置でのポニテ。瞳はエメラルドな侯爵令息は、エドガルドというらしい。
騎士団の副団長を務めており、結婚だとか家庭だとかに縛られたくなく、今までの婚約も同じような考えの令嬢と偽装婚約をしていたそう。
「あー。それで私と婚約を」
「まぁ、そういうことになる」
「以前の私もエロ……ガルド?様と同じ認識だったんですかね?」
「エロ……? あ、いや、以前の君は、恋に恋する少女だったな…………」
「ほわぁ」
完全に、どっちの方向からも事故物件じゃないの。
「いまの君は話せる相手のようだし、お互いの利益を追求するのはどうだろうか? まずは、諸事情というのを聞きたいんだが?」
私の諸事情。
それは、この家にいたら多分また死ぬから、逃げ出したい、ということ。
病弱なのは変わらないけれど、そもそもの基礎体力さえもないのだ。今までの症状を聞いたり体感したりでわかったのは、この身体が重度の喘息だということだった。
なのにだ、父親は近くで葉巻をスパスパ。母親は香水ビシャビシャ。 家は古臭い匂いが染み付いており、綺麗にはしているもののカビと埃臭い。
きれいな空気が欲しい。
でも、病弱だから遠出は駄目だと言われる。
最初の頃は、コイツら私を殺す気なんじゃとか思ったけれど、そもそもの知識不足と時代の違いかもしれないと最近は思えてきた。なので、円満に決別したかった。
「だから、結婚か」
「ですです」
「ご両親に説明すればいいのではないか?」
この一ヵ月でそれは無駄なのだと悟った。
葉巻は止められない、香水も止められない。
それは、二人の唯一のストレス解消でもあるから。
家の改修は無理、養生地の別荘は持ってない。
理由は、生前のこの身体に大量の治療費を投入してくれていたから。
ちょっとだけくじけそうになった。
でも、死にたくはない。
私はこんなことでくじけたくないし、円満に決別したい!
「……なるほど?」
「ここはちょっと虫にでも刺されたと思って、私を引き取りません?」
「…………君は、アホか?」
――――失礼な!
「いたって真剣なのですが?」
「ふむ。私に利益はないのか? 聞いている限り、君だけに利益があるようだが?」
「余りも……んんっ! えーっと、エ、エロガルド様の利益はぁ…………」
なぜか、名前を呼んだ瞬間に鋭い眼差しで睨まれてしまった。彫りが深い人の凄んだ顔って、結構怖いかも。
「余りもの、と言おうとしたな? あと、エドガルド、だ!」
エドの部分にどえらくスタッカートを効かせて発音された。エロガルドじゃなかったのね、エドガルドだったのね、めんご! と心の中で謝っておいた。
「えーと、この先エドガルド様に言い寄ってくる令嬢がいなくなる……かも? あと、結婚してもお金や愛などを求めることはないです。基本的に生活費は持参金ですよね?」
たしか、貴族の令嬢は実家からの持参金を旦那さんに預けて、それで生活している的なのを前世?で聞いたような……。
前世での生活くらいならたぶん余裕で出来る金額を持参できるはず。
「持参金? まぁ、下位の貴族に嫁ぐ場合は、親が心配して。とかならあるが」
「え…………持参金システムなし!? ここってどんな世界ってか、時代なの?」
驚きすぎて、つい。ポロッと漏れ出てしまった。
「世界? 時代? 何を言っているんだ?」
「あ……お気になさらず。死にかけているので譫言です」
「いや、ハキハキ喋っているが?」
エドガルド様、結構にしつこい性格のよう。この人と決めるには早計だったかな? いやでも、この人以上に都合のいい物件は現れそうにない気がする。
こうなったら、利益をちゃんと提示して、安全の確保と生活費を稼がないと。
「エドガルド様」
「……なんだ?」
「貴方が得られる利益ですが――――」
先ずは、言い寄ってくる令嬢がいなくなること。
次に、女性を薦めてくる貴族がいなくなること。
「ふむ」
そして特大の利益がふたつある。
彼女を作ったとしても何の文句も言わないし、希望があれば一瞬で離婚手続きでも何でもする。
私を放置していても勝手に生活するので、基本的に煩わせることはない……ハズ。
だってずっと一人暮らしだったし、自炊できるし。部屋も使用人とかが使うようなところで構わない。デキればある程度の空気の綺麗さはお願いしたいけど。
「なるほど。では、君が病で倒れて死にかけたのなら? 私はどうしていいのかな?」
「あー。うーん?」
おっと、考えてなかった。
医者に掛かったり、薬をもらったり、当たり前に出来ない世界なんだった。
保険制度とかもないみたいだし、貴族の娘が死にかけたというか、まぁほぼ死んだのだから、医者に掛かったところでじゃない?
こういうときは、秘技――――!
「エドガルド様の良心にお任せします」
そう言い放つと、エドガルド様が目を見開いて完全停止した。
どうした? エラー? ナウローディング? とか失礼なことを思いつつ首を傾げていたら、エドガルド様がプルプルと震えだした。
「ふはははははは! 面白い! ふはははっ。いいだろう。契約成立としよう」
――――え? まじで?
◇◆◇◆◇
「あのときは、本当に驚いたし、君のことが心配になった」
「えぇ? めちゃくちゃ笑ってましたけど?」
どうしてこうなったのか。
契約結婚をして、早々に離婚すると思っていたのに。三年経った今も結婚したままだし、何ならちょっとラブラブしてる。今も。
なんやかんや同じベッドで眠ってるし。
今は、ちょっと早く起きちゃって、二人で寝転んだままおしゃべり。
「まあ、面白いと思ったのも事実だが。生きることを諦めているのか、諦めていないのか、気になってな」
「諦めていませんでしたけど?」
「それなら、生殺与奪の権利を他人に預けないだろうが」
――――そう言われると、そうなのかも?
「賭け、だったのかも」
「賭け?」
「うん」
とにかくあそこから逃げるのが先決で、あとは運に任せるしかない、ってくらいにこの世界の知識がなかった。
初対面ではあるものの、エドガルド様と話していてすぐに分かったことがある。
彼の地位の高さから来るのであろう精神の強さというか自信。そして、理解力の高さと柔軟さ。話を聞こうとするスタンス。
この人なら大丈夫、と思えた。
だから、賭けに出たくなった――――。
そう話していると、エドガルド様がニヤリと笑った。
この笑い方、なんだか嫌な予感がする。
「つまり、賭けに出たいくらいに、私はいい男だったのか」
「くわぁぁぁ、自信過剰!」
説明しよう。
この男、間違いなく事故物件であると。
地位と顔面と相まって、自己肯定感がバリ高なのだ。
『余りもの令息』とか不名誉な渾名を付けられているくせに、だ。
何よりも最悪なことは、この男のそんな自信満々さがカッコイイと思えるくらいには、惚れてしまっている。
ちなみに、重度の喘息とは、結構上手に付き合えている。前世の知識に感謝だなぁ。
「なんだ? そんなに見つめて。朝からしたいのか?」
「どんだけポジティブなの!」
――――間違いなく事故物件っ!
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
ブクマや評価などなどいただけますと、作者が大喜びして小躍りします(*´ω`*)
こちらの作品は、とある場所の企画でタイトルを頂い……強奪?したもの(許可はもらったもんっ!←)になります。
タイトル制作は『六花きい(https://mypage.syosetu.com/1708364/)』さん!
まーじで、素敵なタイトルありがとうございますっ(*´艸`*)ムフフ
六花さん、ツヨツヨな作家さんなのですよ☆
おすすめは『初夜に自白剤を盛るとは何事か! 悪役令嬢は、洗いざらいすべてをぶちまけた(https://ncode.syosetu.com/n2873ii/)』
↑ぜひ上のURLから覗きに行ってぇぇヽ(=´▽`=)ノ
ではまた、何かの作品で!
笛路