【招かれざる客⑤(Uninvited guest)】
緊張の中、僕は僕の命だけでなく、僕の一番大切なイリアの命も危険に晒してしまったのだと、ここに来た事を後悔した。
もし本当に僕が選ばれた人間だったとして、100年も前に僕のために尽力してくれた人たちの気持ちを踏みにじる行為をしてしまったのだ。
だがやって来たのはロボットたちを追って洞窟内に入って来た彼らではなく、ケラーたちだった。
僕は暗闇の中で心と体の方向を見失っていた。
「さっ、行こうぜ!」
トムがポンと僕の肩を叩く。
「急いで急いで!」
シェメールが僕の背中を押す。
「早くいかないと、彼たち酸欠でノックダウンしてしまうぞ」
ルーゴが急かす。
「ただ、いきなり正面切って話すのは止してくれ。僕たちだけでなく相手にもそれ相応の時間的猶予が必要なんだから」
ケラーが僕を見て笑う。
「うん、そうする」
僕も笑って、そう答えた。
僕たちは急がずに用心深く洞窟内を進んだ。
洞窟内にある吹き抜けの部分を通りすぎ、もうしばらく行くと沢山のロボットたちと台車に大量の火をつけた人々と出くわすはずだった。
ところがいくら進んでも、その様なものはなく僕たちはとうとう洞窟の反対側まで来てしまった。
“撤退したのか⁉”
しかし、それにしては、あざやか過ぎる。
僕たちはもう一度洞窟の中を、今度は侵入者たちの痕跡を探しながら戻った。
あれだけのロボットが倒れたのだから、何かの部品が残っていてもおかしくないし、あれだけの火を焚いていたのだから燃え落ちた炭の欠片が落ちていてもおかしくない。
だが結局物的痕跡はおろか、火を焚いたときに出るはずの匂いさえも残ってはいなかった。
“コレは一体、どう言うことなんだ……”
洞窟を出て秘密基地に戻ると、ジャンが警備室でレオンを撫でていた。
ロボットや後から入って来た人たちは、どうなったのかジャンに聞くと、彼は偽作だと答えた。
偽作⁉
偽作を流すのに、なぜ警報機を鳴らしたのかと聞くと、彼はまじめな目をして「予行演習」だと言った。
「つまり、僕たちを騙したって事か⁉」と、トムが怒って言った。
「そのとおり。緊急性の高い事態に遭遇して時間的に猶予のない状況で、君たちの行動を止めることは難しいからな」
「そんなこと、予め僕たちに言ってくれれば!」と、ルーゴが言った。
「緊急事態には様々なパターンがある。その中には全く予期しないことも起こり得るだろう。人間は全ての行動を頭で制御できるわけではない。時には頭では分かっていても、行動が感情に左右される場合も多い。何故だか分かるか?」
「経験」ジャンの問いにケラーが答えた。
多くの人が歳をとると、穏やかになる。
俗にいう“人間が丸くなる”と言う事。
これは、培った経験から感情的に動く前に頭で考えられるようになったことが大きく影響する。
なぜ考える前に瞬間的に湧き出て来る感情を抑えて、時間のかかる思考能力が先になるのか?
それは経験がものを言う。
“こうすれば、こうなる”と言う事が経験上既に頭の中にあるからこそできる所業。
「要するにワシが止められなくても、君たちが経験上知っておくことが一番大切なのだ。特にリーダーたるものは、重要な使命を終える前に死んでもらっては困るからな」
ジャンは鋭い眼で僕を睨んだ。
「……あの~、コレって、もしかして電波が5分遅れている事と何か関係がありますか?」
シェメールが言うとジャンは良く気付いたなと褒めた。
僕たちが見ていたモニター画面に映っていた侵入者は、画像処理で作られたものだった。
同じ様に寮で見ていたニュースなどの映像も、何者かによって画像処理されたもの。
おそらくアメリカ全土がそういう状況下に置かれている訳ではないだろうが、少なくとも西海岸の一部のマザーコンピューターは一部のセキュリティーが破られて何者かが書き換えることができる状態にあるのだろう。