【事実と絆③(Facts and Bonds)】
「ねぇ、これから私たちどうなるの?」
ベッドから少しだけ体を起こしたイリアが言った。
勝ち気で活発なイリアにしては珍しい弱気な言葉に、僕は直ぐに応えられずにずっと天井を眺めていた。
イリアにもし自分の正体がロボットだったらどうするかと聞かれたとき、僕は動揺することなく答えることができた。
僕の気持ちは彼女がロボットでもサイボーグであっても決して変ることはない。
僕とイリアはココに辿り着いたメンバーの中で最も心が通じ合っていると信じているから。
しかし他の人たちは、どうだろう?
恋人のアンヌを亡くしてしまったルーゴ、いままで独りっきりでロボットを警戒していたケラー、同郷のムサラドを亡くしたシェメール、他の仲間とは少し性格的に路線の違うトム。
おそらく今日ジャンから話を聞いて、お気楽に音楽など聴いていられる気分ではないだろう。
しかも旅の途中でルーゴのギターにGPS発信機が仕掛けられていた事もあったから、仲間の中に裏切り者が居るという懐疑心は強まっただろう。
更に問題なのは、今の状況。
旅と言う目的がある限りもしも仲間の中に裏切り者が居たとしても行動に出るのは旅の途中ではなく旅が終わったときであることはある程度予想できるし、旅を続けている限り皆が同じ様に行動をして同じ場所で寝るわけだから独りで孤立することもない。
万が一、何かあったときは必ず仲間が助けてくれるという安心感はあった。
だが今は状況が違う。
ジャンが僕たちに与えてくれたのは、各部屋が厚いコンクリートで隔てられた個室。
イリアが僕の部屋を訪ねて来てくれた時、ドアをノックする音に僕が恐怖を感じたように皆も同じように怖がっているに違いない。
仲間を信じられない。
不協和音。
こんな状態では、もし敵がココに来たとき、まともに戦うこともままならないだろう。
僕が今やらなければいけないこと。
それは仲間の中に居るかもしれない裏切り者に怯えることじゃなく、皆の心を一つに繋ぐこと。
僕は直ぐにベッドから飛び出して服を着る。
イリアも僕に続いて服を着て、僕たちはケラーの部屋の前に行きドアをノックした。
僕と同じ様にドアの鍵が開くまで少し時間がかかり、ゆっくりとドアが開くと僅かに開いた隙間からドアノブに結びつけられたロープが見えた。
僕は試しに強くドアを押し開けようとしたがロープはピンと張り、ドアがこれ以上開かないようにもう片方の端をどこかに結びつけてあるようだった。
そして尚もドアを押そうとしたとき、ドアの隙間からキラリと光るものが見えた。
“ナイフだ!”
僕は思わず唾を飲み込んだ。
「ラルフ、ちょっと待ってくれ」
ケラーは持っていたナイフでロープを切ると驚いた顔をして、いったいどうしたんだと聞いたので僕は「君は合格だ」と答えて握手をした。
ケラーを連れて次に僕たちはルーゴの部屋に向かった。
部屋のドアをノックすると、ケラーや僕と同様に少し時間が経ってから解錠されてドアが少しだけ開いたところで止まる。
少し押してみると動いたので3人で押してみるとドアは開いた。
中を見るとドアが開かないようにテーブルが置いてあったようで、ルーゴは僕と同じ様にモップを握っていて、無理やり入って来た僕たちに「何があったんだ!?」と聞いた。
ルーゴの問いに僕たちは顔を見合わせて、無事でよかったと言って握手を交わした。
ルーゴも仲間に加わり、僕たちはシェメールの部屋のドアを叩く。
人の気配は十分に感じられるが、ドアも開かなければ、その前に開くはずの鍵も開かない。
“何かあった!”
僕たちが慌ててドアを叩くと「チョッと待って……」と何やら難しそうなシェメールの声が聞こえ、やがてカサカサとドア板を擦るような音がした後にようやく鍵が開いた。
ドアを押す。
だがドアはホンの少ししか開かない。
部屋の中から、もっと押して!とシェメールの声が聞こえ僕たちは4人で力を合わせてドアを押すと徐々にドアが開き始めたが、異常に重い。
やっと人が通れるくらいドアが開いて部屋の中には行ってみると、ドアの裏側にはベッド、テーブル、サイドボードに冷蔵庫と言った家具一式が積み重なるように置かれていた。
「なんだこれは??」
ルーゴが言うと、シェメールは「だって仲間に裏切り者が居るかもって思うと、怖かったんだもの」と正直に心の内を話してくれた。
最後はトムの部屋。
もし仲間の中に裏切り者が居たとしたら……。
トムの部屋の前に来ると、なにやら中からバタバタと音がした。
人の争うような音に感じて、ドアノブを握ると鍵は掛かっていなかった。
トムの身に危険を感じ、僕たちは慌てて部屋の中に飛び込んで驚いた。
中に居たのはトム一人だけ。
そのトムはヘッドフォンをつけてエアギターを鳴らす真似をしながら踊っていて、僕たちが入って来たことに気付くと何をしているのかとポカンとした顔を見せて動きを止めた。
「何をしているのかって? こっちが聞きたいわよ‼」
シェメールがポカンとした顔のトムからヘッドフォンを取りあげてポカリと無防備になった頭を叩いた。
トムらしいと言えばトムらしい。
どうやら僕たちの中に裏切り者はいないようだ。