【事実と絆②(Facts and Bonds)】
ジャンの話を聞き終わって僕たちは困惑した。
もし本当に情報統制されているのであれば、何が本当で何が嘘なのかも知ることは出来ない。
本当のことを知ることができるのは、おそらく重大な問題が自分の身に降りかかって来たときはじめて知ることができるのだろう。
しかし、その時では遅すぎる。
部屋に戻り、一人になって考えた。
ムサラドは秘密裏にその調査をしていて戻って来たところで殺され、ジャンは反対集会で何か重大な事件が起きて逃げ延びてきたところで殺された。
2人とも身を晦ますのではなく、シェアーハウスに戻って来て殺された。
殺害現場には共に争った形跡はなく、無抵抗のまま。
と言う事は、僕たちの中に無人政府を意のままに操ろうとしている一味の仲間がいると言う事なのだろうか?
しかしそれならば何故ジャンは僕たちをアジトに呼び、事の詳細を打ち明けたのだろう?
ここに来れば何か重要なことが分かるかと思っていたが、謎は深まるばかり。
コンコンとドアをノックする音が聞こえて僕は咄嗟に武器になるようなものを探したが、ここにある物で武器になりそうなものは掃除用のモップしかなかった。
旅に出る時に僕はナイフを持ってこなかった。
ナイフを持ってきたのはケラーとトム、それに調理用のナイフを持ってきたシェメールの3人。
もしその中に奴らの一味が居たとすれば、到底モップでは敵わないが、まあ無いよりはマシかと思い手に取ってドアのカギを開けた。
ドアを開けると、そこにはイリアが居た。
「あー……イリア、なに?」
イリアは動揺する僕には視線を合わさず、真っ先に僕が持っていたモップを見ていた。
「お掃除?」
「い、いや、これは……」
「武器のつもりなのね。でも安心して、私は敵じゃないわ」
「い、いや、そう言うわけでは」
「いいのよ。用心に越したことはないから」
「うん。まあ、入って」
「おじゃましまぁ~す」
いつも思うけど、イリアってなんで人の部屋に入る時に “おじゃまします” って言うんだろう? 僕が知っている限りでは、そういう律義なことを言うのは日本人くらいなものなのに。
「ラルフでも、ああいう話を聞くと少しは疑心暗鬼になるのね」
イリアはモップを置く僕を見てクスッと笑った。
「そりゃあ少しはね」と僕が答えるとイリアはモップを片付けるのは早過ぎない?と口角を上げたまま悪戯っぽい目で僕を見て言った。
「そうかなあ」
「だって私、ロボットかも」
イリアはそう言って僕を笑わせた。
しかし僕が笑ったことが気に入らなかったのか彼女は僕に何故疑わないのかと聞いてきた。
他の者なら少しは疑うかも知れないが、だいいちロボットならケラーが靴に仕掛けている金属探知機に引っ掛かるはずだと僕が答えると彼女は少し頬を膨らせてロボットは金属だけで作られているとは限らないと言った。
「金属を使わないで?」
「そうよ。金属は何故使われると思うの?」
「それは強度の問題じゃないのか?」
「違うわ、加工しやすいからよ」
言われてみれば、そうかも知れないと思った。
鉄骨を使わなくても木材でもビルは作れる。
ただ木材で作る場合は品質の良い材料を集める必要があり、更に丸太の状態から必要な部位ごとに精密に加工しておくこともしなくてはならないし、木と木を組みあわわせるには特殊な組み合わせ加工を施すか接続用の器具を当てがって釘で止めて行かなければならない。
それに比べると鉄は簡単だ。
鉄は品質が安定していて工場出荷時に様々な規格に分けられているから必要な材料を調達すれば良いし、組み合わせるのは鉄にボルトを差し込む穴をあけておけば現場で簡単に組むことができるばかりか溶接だって簡単に出来る。
考えてみればロボットだって外骨格式と言う人間とは異なる骨格を採用しているから強度と加工時間を省くために鉄が使われているが、人間と同じ骨格を持たせれば鉄ではなくセラミックでも十分に強度は保てる。
ただその場合、人間の筋肉の役目を担うシリンダー類の取り付けが非常に面倒になる。
骨格が人間と同じであれば筋肉はファイバー類を使う方がスムーズに出来上がるが、コッチの方が更に厄介で加工時間が数十倍も掛かるだけでなく、大変な精密度が要求されるので個体差が大きくなり製品として安定したものは到底作れないだろう。
「もし私がロボットだったら、どうする?」
僕が一通りロボットについて考え終わったのを見計らったように、またイリアは聞いてきた。
しかも意外に真剣な眼をして。
イリアの瞳を見て、僕は自分の言葉に責任を持たなければならないと感じ、そして答えた。
「もちろん、もし君がロボットだとしても僕が君のことを好きな気もちは変わらない」
イリアは少しむきになって、どうしてそう思えるのかと僕に聞いてきたので、僕は自信を持ってこう答えた。
心が通っているからだと。
僕の言葉に何故かイリアは恥じらいを見せるように笑い、そして僕の胸の中に飛び込むように顔をうずめて泣いた。
「えっ、どうしたの⁉」
僕は何かとんでもない失言をしてしまったのかと思い戸惑っていると、イリアはただ一言「ぎゅーってして」と甘えた声で言い、僕は大切なものを取られまいと惜しむ子供のように強くそして暖かく彼女を抱きしめていた。




