【無人化の経緯(History of unmanned technology)】
午後6時、ムサラドからメールがあり、デモ中に意気投合したグループと行動を共にするからしばらく帰らない旨の連絡があった。
イリアが“過激派じゃなきゃいいけれど”と、言った後“もっともムサラドの方が相手にとっては過激派だったりして”と言い直して子供みたいに舌をぺろりと出しておどけてみせた。
たしかに気の荒いムサラドは、過激派としての素質は充分にあるので、間違った道に進まなければ良いと僕も思った。
遅い夕食を済ませて食堂から部屋に戻ろうとしたときに、今度はジョウからメールが来て、現地で他の大学のグループとの親睦を兼ねた意見交換をするのでしばらく戻れない旨の連絡があった。
僕のメールを覗き込んでいたイリアが「まあ! チョッと外に出たと思ったら、直ぐに羽を伸ばしちゃうのね」と、呆れた顔をしたとき、ガタンと椅子の引く音がしたかと思うとケラーがカツカツと足音を響かせながら食堂から出て行った。
「彼、居たのね……」
「ああ、僕も気付かなかった」
「忍者なの? それともトムの言った通り無人政府の回し者?」
「まさか」
「ラルフも本当はスミスやムサラドたちと同じように学生集会やデモに参加したかったんじゃないの?」
イリアが覗き込むように僕の目を見て言った。
その言葉に僕は直ぐには答えられないでいた。
無人政府を廃止することに僕は賛成ではない。
ロボットや無人システムも、また然り。
無人政府は人間の手から全ての職業を奪うことで、特に障がい者から老人や子供といった生活弱者に重点を置き、全ての人たちが平等に暮らすことのできる社会を築いた。
無人政府を導入する前。 政治家は選挙に莫大な資金が必要で、そこに目をつけた企業が合法的な政治資金集めを目的としたパーティー券を組織ぐるみで購入したり、違法な賄賂をバラ撒いたりして政治家に近付き、癒着が起きていた。
企業は労働者が上げた収益の大部分を一握りの取締役や幹部に当てるだけではなく政治家にもバラ撒き、その政治家は選挙で各地を走り回るためだけに使ってしまう。
作家やミュージシャン、俳優なども似たようなもので、彼らの殆どは使い捨ての才能であり、彼らの良い所を盗み取ることで出版社やプロダクション、放送業界や映画業界は巨大化した。
企業の管理者、つまり社長と呼ばれる人間がいかに無駄な金を使っているのかは、大昔日本のアパレルメーカーの社長が宇宙旅行を楽しんだことでも分かる。
彼が経営する会社の就労人員は約1200人。
そして彼が12日間の宇宙旅行で消費した金は約60億円。
もしも、この年に彼が宇宙旅行へなど行かずに、その金を一時金として就労者に与えていたとすれば、1人分の配給額は500万円にものぼるのだ。
企業に限らず公的機関でも、この様なトップの鶴の一声で失われる無駄な金は意外に多い。
オリンピックや万博も、また然り。
表立っては居ないが、上納金のようなものや過剰な接待費が誘致に大きな影響力を持つ。
話は無人政府に戻るが、事の発端は日本。
先進国と呼ばれていた当時の日本では、国民の政治離れが続いていた。
政治離れとは、政治に関心が持てないと言うことに留まらず、政治家になろうとする優秀な人材も集まらないと言うこと。
優秀な人材が集まらず国民も選挙に行かなければ、無能な人が企業や団体による組織票で選ばれることとなり、その経緯で選ばれた政治家たちの目は国民には向かず企業に向いていて当たり前。
つまり日本の政治は政治家としての地位を守り続けるために、企業の手先として働くしかなかった。
だから派遣社員制度を大々的に企業に浸透させ、同じ国民にも関わらず生活に困窮するほどの安い労働力として働かせ、世間の目がそのことに厳しくなってくると更に安い労働力として技術研修生と称して海外の人たちを雇うことになった。
宗教や習慣、モラルや価値観の違う海外の労働力を増やすことにより、治安が悪化することは火を見るよりも明らかなのだが、企業にとって喉から手が出るほど欲しいのは安い人材なのだから、その様なことなどお構いなし。
企業にとって治安は、何の関係もない。
安い労働力を得たことで、大企業に従事する正社員の給料は、その差額分の一部分が上乗せされ年間の所得が上がった。
日本の公務員の給与基準は労働者1人当たりGDPが基準ではなく正社員100人以上の企業の労働者1人当たりの給与所得が基準となるので、他国の公務員に比べてその年間所得は群を抜いて高かったのだがこのことで更に所得は上がり、全労働者人口の90%以上を占める正社員100人以下の企業に従事する労働者の所得とは絶望的な格差を生じる結果となった。
更にその安い労働力の中でも、障がいを持った人たちは疎まれていた。
中小企業であれば、それでも補助金目当てに障がい者を受け入れるが、大企業になるとその人に当てる給与に対して補助金の額は余りにも少なすぎて魅力がない。
そこで障がい者や高齢者などの生活弱者と呼ばれる人々を、企業と癒着していた日本政府は切り捨てる方向に動いていった。
そして遂に国民の我慢は限界に達し、クーデターが起こり、現政府を解散させてAIによる公明正大な無人政府が誕生した。
無人政府は真っ先にその特権階級ともいえる企業の社主や管理者層、公務員たちをAIに置き換えた。
高所得者層が減ることで、就労者への賃金を上げることができ、余った部分の資金を無人システムの導入に当てることが出来た。
日本の成功はやがて他の先進国にも瞬く間に広がり、今の平和な社会が生まれた。
つまり無人政府をいまさら排除したところで、その先に明るい未来があるとは僕には考えにくい。
「また、考え事?」
「あっ、ま、まあね」
「つまんないの。そうやってラルフはいつも一人で考えてばかり、無人システムみたいにチャンと考えを共有しようよ」
***次回予告***
「こんにちは、ラルフです」
「こんにちは、イリアです」
「僕たちの居るアメリカって、実はアメリカ人と言う考えは余りなくて、○○系アメリカ人って言う見方をするのが一般的みたいです。僕はドイツ系です。イリアは?」
「私はアイルランド系よ。ドイツ系と言えばスミスもドイツ系よね。ケラーは?」
「ああケラーは確かオーストリア系だったと思うよ」
「へえー、親戚みたいなもんね」
「……ところでイリア、来週の『Be careful !!』は、どうなるの?」
「はい。来週の『Be careful !!』サブタイトルは【夜の始まり(beginning of the night)】です」
「ルーゴとアンヌが歌う、あの曲が流れるんだね。それにしても『夜の始まり』ってチョッと意味深じゃない?」
「うん。なんだかドキドキしちゃうね!」
「そ、そうなの……」
「そうなのよ♡」
「「来週も、また読みに来てくださいね‼」」