【学生運動の始まり②(Start of the demo)】
昼食を済ませて、そのまま食堂でテレビを見ていた。
チャンネルは、ニュース専門チャンネル。
これまでで最大規模の無人システム反対集会に参加しているスミスとジョウたちと、ロスアンゼルスの無人システム反対デモに参加しているムサラドたちの無事を祈る気持ちで見ていた。
「ほら、始まったわよ」
イリアがテレビの画面を指さした。
レポーターのAIが無人システム反対集会の行われる大学の講堂を映す。
さすがにアメリカを代表するような大学だけあって、講堂もずば抜けて広い。
「あっ、あれスミスじゃない!?」
イリアが画面を指さすが、直ぐにカメラは他所に移動してしまい、僕はスミスを見つけることが出来なかった。
「ジョウも居た?」
「わかんない、だってジョウはアジア人だから、群衆の中では見つけにくいわ。1階の2段目の中央より1つ右の列よ」
イリアが場所を教えてくれた。
ともかく無事に現地に到着してホッとした。
テレビが集会の様子を映し、会場に集まった学生たちをにカメラが向いたときジョウも映った。
あとは無事に終わることを祈るだけ。
しばらくすると中継は、ロスアンゼルスのデモに代わり、ここでもプラカードを持って行進する群衆の中に居るムサラドたちが映し出された。
「ねっ、心配することなんてなかったでしょう」
「ああ」
「いやあ心配して損をしたな。俺はてっきり無人政府が集会やデモの参加者たちを弾圧して酷い事になるんじゃねえかと思っていたぜ」
食堂に来たトムが、安心したように大きな声で僕たちに言った。
「無人政府は、どんな時も公明正大ね。さすが先進科学の粋を集めて作られたシステムね」
「これが無人政府を置いていない国だったら、大変な事になっていただろう」
続いてルーゴとアンヌがやって来て言った。
「珈琲にしましょう」
その後ろから来たシェメールが珈琲の支度を始めた。
「ケラーは?」
「アイツあまり喋らねえからな。どこで何をしているのか俺様にはトンチンカンで分からねえ」
「そんなこと言わないで、トム呼んできなさいよ。たった7人しか居ないんだから」
「俺はヤダね。あんなムッツリ野郎。どうも好きになれねえ。もしかしたらヤツは無人政府の回し者で俺たちを見張っているんじゃねえかと……」
トムがそう言いかけたとき、カツカツと廊下を歩いてくるケラーの足音が聞こえた。
「ヤダねーっ、なんでアイツいつも靴底に鉄の付いた革靴を履いているんだ? オッサンか?」
「シッ! 聞こえるわよ」
毒舌のトムをシェメールが窘める。
足音と共に廊下の壁に長い影が映し出される。
ケラー。
背は高く、痩せているが、空手だか何だかの武道を習得していると言う噂。
だけど誰もケラーと戦ったヤツはいないから、それが単なる噂なのか、それとも本当の事なのかは誰も知らない。
無口な男で、いつも一人でいて友達もいない。
同じ4回生なのに、あまり人の好き嫌いのない僕でさえ、ほとんど話をしたことが無いし、話してもその話が続かない。
「アイツ本当に強いのか?」
「1回生の時に、あの血の気の多いムサラドに殴られたらしいぜ」
「それで、どうなったの!?」
「それがケラーのヤツ、反撃もしねえで尻もちをついて、黙ったままその場を立ち去ったそうだ」
「なんだ、弱いじゃん」
皆がヒソヒソとケラーの話をしていたが、僕は話に参加しないでジッとケラーが来る方を見ていた。
身長は2メートルほどもあり、肩幅もある。
生身の肉体を見たことはないが、服を着ている姿から想像すると決して筋肉質とは言えないように思える。
「ケラー、いま丁度珈琲を入れたんだけど、飲むでしょう?」
「いや、僕はいい」
シェメールの言葉にケラーが断りを入れて、僕たちが集まっているテーブルの2つ隣のテーブルの椅子に腰を下ろしてテレビの方に顔を向けた。
「いったい何しに来やがったんだ? やはり俺たちを見張っているのか?」
トムがボソッと小声で言うと、他の者たちの目が一斉にケラーの方に向いた。