【謎の人物①(Mysterious Person)】
僕たちは用心のために適当な棒を見つけ、それを手に持った。
よく注意して見ないと分からないが、確実に人が居て、しかも新しい痕跡も見つけた。
たとえば露出している木の根に、表面の皮が剥がれてツルツルとした箇所があり苔や汚れが付いていないこと。
ヒヅメを持つ草食動物は滑りやすい木の根は踏まないだろうし、踏めば傷がつくのでツルツルとはしないはず。
オオカミやクマの足に付いている肉球は柔らかいので、表面の皮を剥がすことはない。
この状態は、車のタイヤや靴を履いている人間がよく通る場所だけに見られるもの。
幾つかの足跡も見つけた。
ゴム底靴によくある水平方向に規則的に並んだ単純で細かい模様もあれば、ワークシューズにありがちなPVC(ポリ塩化ビニル)で整形されたブロックパターンの物。
スポーツシューズによく使われる足裏の中央部分が縦に空洞になって横方向の踏ん張る力をサポートするタイプや、真っ平に近いビジネス用の革靴、更にサンダルのような扁平的な足跡も見つけた。
見つけた限りでは、靴底の形状は8種類。
「って事は、敵は少なくとも8人は居るって事か……敵わねぇな。どうする?」
一緒に足跡を探していたトムが僕に聞いたから、僕はココに居る人間は1人の可能性もあることを伝えた。
「靴痕が8種類あるってことは、8人居るんじゃねえのか?」
「いや、コレはあくまでも可能性だが」と僕は、前置きしてからトムに話した。
靴底は確かに8種類あったが、その中にはサンダルとビジネス用の革靴も含まれている。
このような森の中を歩くのに、ワザワザ靴底に溝のない滑りやすいビジネス用の革靴を履くバカは居ないし、サンダル履きで快適に歩けるような整備された森でもない。
「じゃあ6人?」
残りの6種類のうちゴム底靴のパターンを持っていた靴は、おそらく雨用のゴム長靴だろう。
「じゃあ5人?」
あと靴のサイズだが、おおむねサイズ12から12.5(30㎝~30,5㎝)だったから、靴を履いている人は平均的な身長より少し背の高い人物だと言える。
更に特徴的なのはビジネスシューズ以外、どの靴も左に比べて右の靴底のパターンがハッキリと残っていないこと。
「やつ等が平均身長よりも背が高いって事は分かったけれど、そのパターンがハッキリしていないのって何か訳でもあるのか?」
「おそらく、これ等の靴を履き替えて使っている人物は、左足が不自由なんだと思う」
「これらの靴を履き替えてって、つまり1人って事!?」
トムが僕の推理に驚いて、もうひとつ尋ねた。
「なぜその様に面倒くさいことをするのか」と。
「おそらく1人であることを隠すため……」
僕がここまで言ったとき、真剣に僕の話を聞いていたトムが笑いながら「考えすぎだって」と言った。
確かに考えすぎかも知れない。
いや、考えすぎなのだろう。
なにしろ2つの殺人事件を目の当たりにして、シェメールが奇妙な昆虫型ロボットに襲われ、危険を感じて旅に出ればアンヌが毒蛇に噛まれて死にルーゴが何物かが仕掛けた網に捕らえられたのだから。
人生で1度味わうかも知れない数奇な不慮の出来事が重なり、僕の心はヒステリックなほど神経質になっているに違いない。
「だいいちこんな人里離れた不便な場所に居るヤツなんて、ただの人間嫌いと言うだけじゃなく、他の人に会えない特殊な事情があるに決まっているんだから」
「特殊な事情⁉」
トムが言った最後の言葉に引っ掛かる。
そう。
特殊な事情を持った誰かに間違いない!
そしてそれは、もしかしたらジャン・カルロスなのかも知れない!




