【狼の遠吠え①(Wolf Howl)】
次の日の早朝、僕たちはオオカミが遠吠えをする声で目が覚めた。
洞窟を出ると、東の空が真っ赤に燃えていて、空のてっぺんにはもう光を失った満月の残骸が青い空にベージュ色の姿を露わにしていた。
洞窟のある丘の上でレオンが、その月に向かって遠吠えをしていた。
レオンと出会って、初めてその声を聴く。
彼は吠えたり唸ったりすることも無ければ、遠吠えすることも今までなかった。
僕たちはレオンの遠吠えに、不安と希望を感じた。
遠吠えは、仲間に自分の位置を知らせる行為。
仲間とは何を意味するのか?
オオカミ?
それともジャン・カルロス?
朝食の後、今日の旅について話し合う。
ルーゴは元気そうに朝食を食べたが、気になるのは麻酔による影響。
医療機関で使用する左程人体に影響のない麻酔薬なら問題はないのだが、ルーゴに使用された麻酔薬がどの様なものかが分からない。
ルーゴ本人は、大丈夫だと言っているし、体温や脈も特に気になるようなところはない。
だからと言って安全であるとは言い切れない。
麻酔の成分と麻薬は似ている。
現に麻酔薬に使われる大麻は、麻薬その物。
人類がマダ同じ人類による犯罪や戦争、テロや差別それに虐めなどに怯えていた時代、色々な麻薬が流行していた。
麻薬の過剰摂取や常用により、多くの人々が亡くなっていた時代があった。
特に危険なのは質の悪い麻薬や、薬品を混ぜた合成麻薬。
これらは突然死するリスクが高い。
前日まで元気そのものだった人が、翌日にはベッドや浴室で冷たくなっていた話は良くあったそうだ。
先を急ぎたい気持ちはやまやまだけど、それによりルーゴが死んでしまっては取り返しがつかない。
だから僕たちは協議したうえで、今日の出発を取りやめることにしてルーゴの様子を診ることにした。
急いでみたところで、何がどうなるかもわからない旅。
僕たちを追っている敵が居ることだけは確かなようだけど、相手が今どのくらい離れているのか、それとも近くにいるのかさえ分からないばかりか、ジャン・カルロスと会うことが意味することさえも分からない。
僕たちがジャン・カルロスに合うために始めた旅は、レオンの首に巻き付けられた短い手紙が原因だった。
手紙には、こう書かれていた。
『もう時間が無い。今すぐに出発の準備をして今日中にコノシェアーハウスを出て、この子について来い ―ジャン・カルロス―』
この子とは、手紙を届けに来たレオンのこと。
あの時は気がつかなかったけれど、おそらくジャン・カルロスは、このとき僕たちの近くにいて僕たちを見張っていたに違いない。
そして今も。
ただ気になるのは手紙の最初の部分にある『もう時間が無い』と言う部分。
僕たちはその意味を、僕たちがシェアーハウスを出た直後に起きた何かの爆発を意味するものだと思っていたが、もし違う意味があるとすれば……。
とりあえず僕たちを急がせようと思えば急がせられる距離に居たかも知れない彼なら、僕たちが動かない事で何らかの手は打ってくるだろう。
僕はそう呑気に構えて周囲の森を見渡した。