【多数決(Majority vote)】
僕たちには2つの選択肢があった。
ひとつは、ルーゴを捕らえた網を仕掛けた人を探すこと。
ただその場合、問題になるのは麻酔で眠っているルーゴを置き去りにする事は出来ないので捜索に出る者とルーゴを見守る者と、人数を2つに分けなければならない。
たった5人しか居ない動くことができる人数を2つに分けるのは大きなリスクを伴う。
相手が1人だとしても、その相手がどのような人間かは分からない。
もしも敵意を持つ相手となれば、2人では足りないから最低でも3人は必要となる。
しかも戦う可能性を考えると、おとなしいシェメールと旅の疲れかこのところ元気のないイリアの2人は戦力にはならないから捜索隊は僕たち男3人で行く必要がある。
かと言って居残ったシェメールとイリアが安全である保障もなく、今は麻酔で寝ているルーゴの状態に思わしくない容態の変化があった場合の事も気になるから網を仕掛けた人を探すことは非常に難しい状況になり兼ねない。
もうひとつの選択肢は、網を仕掛けた人は探さないこと。
現時点で僕たちが知っていることは、網を仕掛けたのは人間である可能性が高いと言う事だけ。
敵対するような人なのか、友好的な人なのか、1人なのか、複数人いるのか。
相手がどのような人なのかもわからなければ、人数だって分からない。
もしレオンと会話が出来たとしたら、オオカミの持つ驚異的な嗅覚で相手の人数や居場所を探すことも可能なのだろうが……。
僕たちは直ぐに話し合い、多数決の結果4対1で今は網を仕掛けた人は探さない事に決めた。
反対したのはトム。
彼は網やボウガンに付いた匂いをレオンに嗅がせて足跡を辿れば相手の居場所は分かるはずだから、そこで相手がどのような人か隠れて監視すれば大丈夫だと言い張って聞かなかった。
物事は全員で協議して多数決で決めるというのが、僕たちのルール。
それを一人の意見で覆すことは出来ないのだが、結果が確定したあともトムは執拗に熱弁を振るい捜索に意欲を燃やして皆を困らせていた。
僕は遂に折れてトムに捜索の許可を与える事にした。
当然ほかの3人が嫌な顔をした。
「旅に出る時に決めたルールは何事も多数決で決めるというものだ。多数決をする前にはそれぞれの意見を述べるプレゼンテーションの場を設けたけれど、ソレで出た結果に不満があるのなら仕方がない。レオンを連れてロッキー山脈を超えた向こうにあるサクラメントにでも、ネバダ砂漠の遥か500キロ向こうにあるラスベガスにでも行ってこい。そして真相を確かめたとしても、もうココに帰って来る必要はない」
「えっ、な、なんで!?」
僕が最後に“帰ってこなくていい”と言ったことにトムは明らかに狼狽を見せて聞き返した。
「だってそうだろう。僕たちは旅を続けるから1日後には何処にいるかさえ分からないし、君は僕たちの決めたルールを守れない人間としてグループから離れて行ったんだから戻って来る理由もないだろう? さあトム、君は自由だ! 行ってこい‼」
「いや、チョッと待て! 俺は皆の安全のために捜索を志願したんだぞ」
「僕たちは、僕たちの安全のために、いま捜索はしないと言う事をルールに乗っ取って決めた。違うか?」
トムは直ぐに考えを変え捜索に出ることを諦めてくれ、僕たちもそれを歓迎した。
彼だって皆のためを思って言ったこと。
おそらくもし危険な何事かがあったとしても、自分一人が犠牲になることで僕たちを守ろうとして考えた結果だと言う事は日頃からトムを知っている僕たちには良く分かる。
けれども僕たちはもうこれ以上仲間を失うわけには行かないし、失いたくもない。
その晩は湖畔から少し離れた所で見つけた小さな洞窟でビバークした。
夕方には麻酔から覚めたルーゴも意識を取り戻したが、麻酔が強かったのか意識は低くてボーっとして辛そうにしていた。
焚火の傍で寛ぎながら、そのルーゴの世話をしているイリアの後ろ姿を見ていたときシェメールが僕の傍に来てトムを引き留めた僕を褒めてくれた。
「さすがラルフね。アナタは完璧なリーダーよ!」
「ありがとう。でも、それは僕なりに頑張ってみた結果でしかないよ」
「あら、ご謙遜を……まあ、でもそれは日頃から皆をよく見ているからこそ出来ることよ。同じ言葉で説得を試みても私はチャンとアノ事には気がつたもの……珍しいわねアナタがハッタリをカマスなんて。でも最高に良いハッタリだったわ。良いギャンブラーになれそう」
シェメールはフフフと笑ってルーゴの世話をするためにイリアの傍に行った。
“あの事には気付いた……”
彼女が言った言葉を頭の中で繰り返した。
それはトムを突き放すように“僕たちは旅を続けるから戻ってこなくていい”と言ったこと。
トムがレオンを連れて捜索に出かければ、僕たちはジャン・カルロスに会いに行くことも叶わなくなるから旅も続けることはできない。
洞窟を出て夜空を見上げた。
空には満天の星々が溢れんばかりに輝いていて、直ぐに特定の星を見つけるのは困難なほどだった。
“何処に居るジャン・カルロス。そして何のために僕たちを呼んでいる……”
僕は星々に向かって、何処にいるか分からないジャン・カルロスに呟いた。