【森の中①(In the forest)】
それから数日かけてヨセミテ国立公園を通り、また数日かけてエルドラド国有林の傍にあるタホー湖まで辿り着いた。
久し振りに見る大量の水にシェメールは水浴びが出来ると喜んでいた。
大学のシェアーハウスを出てから2週間、ずっと身を潜めるように山林の中を歩いてきたのだから尚更だろう。
シェメールの久し振りに見る華やかな笑顔に心が癒される一方、日頃活発だったイリアは何だか旅に出てからズット元気がないままなのが気に掛かる。
「イリア、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。わたし意外に持久力がなくて、嫌になっちゃうわ」
僕が心配して聞くとイリアは、はにかんだ様に笑って言った。
シェメールとイリアは浅瀬で水浴びをする事になり、「覗いちゃ駄目よ!」と言い残して木陰に隠れて服を脱ぎ始めた。
もちろん僕たちの誰も覗くつもりもなかったが、トムが「ワニを見つけたら直ぐに助けに行くからな!」と声を掛けていた。
「バカね、タホ湖にはワニは居ないのよ」とシェメールが笑いながら答える。
「分かるもんか、無人政府の動物保護政策でタホ湖にもワニがドッサリ繁殖しているかも知……」
シェメールの言葉に軽口で返そうとしたトムの口をケラーが抑えた。
言うまでもなく死んだアンヌは、無人政府の動物保護政策のおかげで絶滅の危機を乗り越えたガラガラヘビに噛まれた事によって命を落としたのだ。
皆がハッとしてルーゴを見ると、彼は悔しそうに水面に石を投げ入れて湖の畔から森の方に歩いて行った。
「アイツ! 幾らアンヌが死んだからって、単独行動は禁止だって言うのに‼」
ルーゴを連れ戻そうとしたトムを僕は止めた。
今ルーゴに必要なものは、ひとりで考える時間だと思ったから。
「何があるか分からないんだからオメーら沖に行くんじゃねーぞ!」
トムは怒りの矛先を、水浴びをしているシェメールとイリアに向けて言うと、シェメールとイリアが「はーい」と答えた。
2人の良い返事にトムは機嫌を直したのは言うまでもない。
「いいのか?」
単純なトムとは違うケラーが僕の傍まで来て聞いてきた。
言うまでもなくルーゴの件だ。
僕は敵がGPS発信機をルーゴのギターに仕込んでいたと言う事は、それを仕込んだ犯人が僕たち旅の中に居る居ないにかかわらず、ほかに連絡手段を持たないと言う事を僕たちに教えてしまったようなものだと思っている。
ウサギにGPS発信機を付けた事で追っ手は今現在僕たちを見失っているはずだから現時点ではルーゴが敵に襲われることはない。
もしルーゴが裏切り者だとしたら、電気伝送装置網のないこんな山奥では有効な連絡手段もなから一人になる時間を利用して何らかの視覚的な合図を仲間に送るはずだ。
意地悪かも知れないが、それを確かめることも出来るかも知れない。
「わぁ~っ‼」
急に森の奥からルーゴの叫び声が聞こえた。
一体どうした⁉
トム!シェメールとイリアを水から上がらせろ!
「OK!」
「ケラーは周囲を警戒! 2人が着替え終わっても4人で固まって居てくれ!」
「ラルフ、君は⁉」
「僕はレオンを連れて、声のした方に行ってみる」
「よせ!危険だ‼」
「わかっている!だけど仲間のために、しなくてはならない」
「残る僕たちも仲間じゃないのか!」
「すまない!必ず戻る‼」
危険が迫っている仲間を放っては置けない。
しかもルーゴを一人にしたのは僕の責任。
あの時、トムが言う通り、行かさなければよかったのだ。
僕は甘かった。