【1匹のウサギ③(One rabbit)】
ウサギを食べることが決まったものの、誰もこのウサギをどうすれば食べられる状態にできるのか分からなかった。
トムが丸ごと火にかければ良いのではないかと言ったが、それでは毛の焼ける時に出る嫌な臭いが出るのではないかと皆が言って却下された。
毛を剃るといっても、カミソリのように鋭利な刃物は誰も持っていなくて、持っているのは固いものを切るのに使うナイフだけ。
しかたがないから、そのまま火にくべると案の定、毛の焼ける硫黄臭い強烈な臭いがしてギブアップ。
直ぐにウサギを火から遠ざけて、燃え移った火を消した。
空腹の腹には堪える嫌な臭いにシェメールとアンヌだけでなくルーゴやケラーも咳や吐き気を催してしまった。
「やはり俺たちには無理だな……でもご先祖様たちは、いったいどうやってコレを食べていたんだ?」
「皮を剝ぎ取って、内臓を取り出して、肉と骨だけの状態にしたって聞いたことあるわ」と料理好きのシェメールが言った。
「解剖か……」
皆が押し黙る。
昔は動物の解剖も学校の授業で習ったと聞いた事はあるが、今は3Dバーチャルシュミレーターで習うだけ。
実際に体内部の構造を学ぶために生き物を犠牲にする必要なんて全くなく、生きている動物を解剖する事で子供の心身に与える影響の方が大きい。
だからメンバーの誰一人として、動物の解剖何てしたこともない。
まして食べるために動物を“さばく”だなんて……。
「いいわ。私がやってみる!」
今まで急に消極的になっていたイリアがそう言ってナイフを手に取った。
「大丈夫か?」
「手伝おうか?」
「私、生物学の授業で皆より遥かに多く3Dバーチャルシュミレーターでの解剖や手術は経験しているから大丈夫よ。皆は見ない方がいいわ、神経ヤラレルから」
イリアは、そう言うと軽く笑ってみせたあと大きめの板を手に取り、皆に背を向けてウサギをさばきだした。
皆に気を使って解剖の作業自体は見えないようにしてくれているが、僕たちの神経はイリアの後ろ姿に釘付け。
小さな音でギターを弾いているルーゴも、そのメロディに合わせて囁くように歌っているアンヌも、焚き火の世話をしているシェメールとトムも、仰向けに寝転がって空を見ているケラーも、そしてそんな皆の様子を見ている僕もイリアが操るナイフの音や、時々聞こえる関節を脱臼させている音などに聞き耳を立てずにはいられない。
しばらくすると、イリアが出来たといってコッチを向いた。
手から差し出された板の上には、さばかれたウサギの肉が部位ごとに並んでいて、これが本物のウサギだったのかそれとも違う動物だったのかさえ特定できない状態になっていた。
食料。
端的に言えば“ウサギは死んで食料になった”と言っていいと思える状態。
「頭部と内臓はレオンに上げようと思うけど、いい?」
イリアが僕たちに聞いた何気ない言葉にドキッとした。
この食料には、首から上の部分が無いのだ。
ウサギの肉を焼き終わり、食べるころになってイリアが食事を辞退した。
どうしたのかと聞くと、頑張って“さばいた”ものの、神経をやられて胃がムカムカして食べたくないと言っていた。
彼女は本当に頑張ってくれたし、あんなことをして神経にダメージを受けないはずはないだろうから僕たちはイリアを心配しつつも彼女の意思を受け入れた。
食事の前に僕たちは祈りを捧げた。
お祈りにはイリアも参加した。
「God is great and God is wonderful. I thank God for this food. And I also thank this rabbit for helping us. I hope his soul rests peacefully in heaven and is filled with happiness.(神は偉大で、神は素晴らしい。私はこの食べ物を与えてくれた神に感謝します。そして私たちを助けてくれたこのウサギにも感謝します。彼の魂が天国で安らかに眠り、幸せに満たされることを願います)」




