【1匹のウサギ②(One rabbit)】
「どうするんだコレ……」
「生き物を殺してまで、空腹を満たそうとは思わないわ!」
トムの言葉にシェメールとアンヌが怒ったように言葉を跳ね返す。
「殺してまでって言われても、俺が殺したわけでもねえし、既に死んでいるんだけど」
トムがウサギの脚を掴んで持ち上げると、シェメールとアンヌがキャーっと悲鳴を上げて慄いた。
ケラーが冷静に僕たちに与えられた3つの選択肢を上げ、多数決で決めてはどうかと言い、皆が賛成した。
三つの選択肢とは、
①与えられた獲物を素直に食べ、空腹を満たす。
②与えられた獲物を土に埋め、失われた命のために拝む。
③与えられた獲物を狩ってきたレオンに返す。
②と③の選択肢を選ぶ事は、旅の中止を意味し、最悪の場合レオンとの信頼関係を崩してしまうことにもなりかねない。 なにしろ今の僕たちに必要なのは食料なのだから、それなしに旅を続けることは出来ない。
シェメールとアンヌは②を選び、①か③で迷っていたルーゴをアンヌが恋人と言う立場を使って言葉巧みに②に引き込んだ。
この時点で7人中3人が②となり、多数決では有利な展開になる。
トムは①を選んだが、よほど腹が減っていたのか熟考中の僕とケラー、それにイリアの説得をはじめた。
「そう言われても、納得できるアイディアが無ければ乗るわけにはいかないよ。なあ、ラルフ。君もそう思うだろう?」
僕はどちらかと言えば①を選びたいと思っている。
ココまで来たことが無駄になってしまうし、2つも殺人事件があったシェアーハウスに戻るのも嫌だったし、更に気になるのは僕たちが出発して直ぐに起きた爆発音。
あれは確かにシェアーハウスの方から聞こえた。
もしあの爆発が本当にシェアーハウスで起きたものだとすれば、僕たちの帰る場所はもうあそこには無い。
人に優しい無人政府の事だから、それでも何とかなるとは思うけれど、今はその無人政府も何だかキナ臭い感じがする。
「じゃあさ、これならどう!?」と、トムが、ある提案をした。
それは、与えられた獲物を素直に食べるにあたって、失われた命のために拝むというもの。
「それはいい!」
直ぐにルーゴが頷き①に寝返った。
確かに名案だ。
僕も直ぐにトムの提案に乗り、①が3人となり形成は逆転した。
まだ決めかねているのはケラーとイリアの2人。
「衛生面の問題は、どうするんだ?」とケラーがトムに聞く。
「焼けば、ばい菌だって消滅するだろう!?」と生物学専攻のイリアに聞いた。
「ええ。タンパク質の限界温度は127℃だから加熱することによりタンパク質によって構成される生き物は全て死滅するわ。地球上の生物の根源とされるアミノ酸でも250℃が限界とされるから焚火の温度、つまり500~800℃で良く焼けばウィルスによる感染症の心配も解決できると思うわ」
「それ見ろ‼」
「肉は焼けば済むが、手についた雑菌はどうする?」
「……」
ケラーの問いに答えられないトムは直ぐにイリアに救援を求めた。
「草木を燃やした後に出来る灰には、アルカリ性と細かいケイ酸分が含まれているから食べる前に灰で手を洗えば問題ないと思うわ」
「やったー‼ どう?これならいいだろう?」
トムは大喜びで皆に聞いた。
「ちゃんとウサギさんにお祈りするのよ!」
食べるのに反対していたシェメールとアンヌも、祈ることを条件に食べることに賛成した。