【シェアーハウス(University share house)】
PM21:00。
公園地域の真ん中に立つ、2階建てのチロル風の建物。
ここは大学のシェアーハウス。
わりと長細い清楚な造りで、シェアーハウスと言うよりホテルのような洒落た雰囲気を持つ。
公園の木々の緑と、薄いライトグリーンの建物の外観が調和して美しい。
公園にある防犯カメラの映像が、カメラに近い木の影を大きく映し、その黒い影がシェアーハウスの外壁に覆い被さる。
その黒い影に覆われた壁面の暗い窓に微かに足音が近付いて行く。
ノックの音、そして女性の声。
<ラルフ、居る?>
<……ああ>
<入っていい?>
<ああ>
<電気、点けるよ>
<……>
暗い影になった部分に光が差す。
「具合はどう?」
女性は部屋に入ると直ぐには近寄らず、まるで注意深く獲物の周囲を回る女豹のように壁伝いにユックリと歩きながらラルフの様子を窺う。
「……うん、少し良くなった」
「嘘おっしゃい。ミーティングに出るのが嫌で、仮病を使っていたくせに」
部屋に入ってきた女性の瞳は、豹のような鋭い眼差しから、幼い少女の茶目っ気ある眼差しに代わる。
「イリアは、何でもお見通しなんだね」
「まあね」
イリアはツンとした鼻先を、指で摘まんで伸ばすような仕草をした。
これは彼女が機嫌のいい時に良くする仕草。
「で、どうなった?」
「なにが?」
イリアの大きな青い瞳が、坂を転がるようにラルフを捕らえた。
「参加するの? それとも見送るの?」
イリアの眼はラルフを離れ、窓際まで歩み寄ると、冷たいガラスに手を添えて外に向かう。
「スミスとジョウのグループは、週末にシリコンバレーで行われる無人システム反対大集会に出るそうよ。ムサラドたちのグループは同じ週に地元で行われるデモに参加するんだって……」
「するんだって。って、まるで他人事みたいだな。 で、イリアは、どっちに参加するつもりなの?」
ラルフの問いにイリアは窓の外に向けていた瞳を部屋の中に移し、その時に長い金色の髪がカーテンの幕を引くようになびくと、その奥から現れたイリアの瞳はまるで何かを企んでいる小悪魔のように妖艶に青く燃えていた。
「考え中よ」
イリアが僕を揶揄っているのは十分その表情を見て分かった。
考え中なのは、僕の方。
彼女は僕のように、迷うことはない。
既に答えは決まっていて、それをいつも隠している。
「保留者は?」
「トムとシェメールにアンヌ、それにルーゴとケラー」
「5人しか居ないのか……」
「7人でしょう?」
イリアが悪戯っぽく笑う。
そう 僕は、保留者の中に僕自身を入れて置くのを忘れていたが、もう1人は誰だ。
「女性2人に男性4人の他に誰が居るんだ?」
「違うわ、女性は私を入れて3人よ」
「イリアも残るの!?」
僕は、活発で好奇心の旺盛なイリアが残るとは考えてもいなくて驚くと、イリアは微笑みながら頷いた。
「そして。ラルフはリーダーだからね」
「なんで僕がリーダー? いったい誰がそんなこと」
「私が皆ともう決めちゃった。……駄目だったかしら?」
イリアは悪戯がバレてしまった子供のように、ペロッと舌を出して、はにかんだ。
「いや、いいけど……」