【旅②(Journey)】
その晩、僕たちは持ってきたローストビーフを火にあぶりながら食べた。
とても旨い。
本物の肉ではないものの、生まれたときからコノ植物由来の肉しか食べた事のない僕たちの一番好きな味はビーフだ。
もちろんポークもチキンも、クリスマスや感謝祭で食べる七面鳥も美味しい。
晩御飯の後は皆で焚火を囲み、ルーゴのギター演奏を聴きながら皆でお喋りをしていた。
本来なら立て続けに2つも殺人事件があったのだから緊張していないといけないはずなのに、その舞台となった大学のシェアーハウスを抜け出したことと意外に長く歩いたことで僕たちは皆あるていど気分がハイになっていたのかも知れない。
気持ちが落ち着いているのは何も僕たちだけではなく、オオカミのレオンもまたイリアの膝の上に頭を乗せてウトウトと眼を瞑っていた。
次の日は日の出とともに出発して、休憩をしながら10時間ほど歩いた。
「まだ着かねえのかよ」
ビバークする場所を探していたときにトムがぼやくと、シェメールが答えた。
「人間なら何とかすれば、場所を教えてくれるかも知れないけれど、動物では無理ね」と。
「それが昔あった拷問とか、既得権益とかって物に繋がるんだろうな」
「何もかもが平等で格差も無ければ変化もない。私たちだって大昔ならミュージシャンを目指しただろうけれど、今の時代は公共の場で歌う機会は与えられても、夢のようなセレブにもなれなければカリスマと呼ばれる地位もない。まったく嫌になっちゃうわ」
ルーゴとアンヌが言った。
「奴等(無人政府)は、何で僕たちを好きなようにさせていると思う?」
道中ずっと黙っていたケラーが皆に聞いた。
「そりゃあ元々は俺たちのご先祖様が作ったAIやロボットたちだから、俺たちのことを御主人様だと思って大切にしてくれてんと違うか?」
「そうよね。無人政府自体が、そいう目的で作られているんだから、そうなっているに違いないと思うわ」
「シェメールはクウェート出身だろう? 中東諸国の繁栄は石油と言う化石燃料にあったんだぞ。それが今では殆ど石油は使われなくなって、中東諸国は軒並み昔の繁栄を失ったのに本当にそう思うのか?」
「思うわよ。だってソレで普通なら砂漠の遊牧民に逆戻りのはずなのに、無人政府を採用したことにより安定した海外との貿易が出来ているじゃない。もっとも王族と呼ばれていた既得権益を牛耳っていた人たちにとっては死活問題だったかもしれないけれど、少なくとも大多数の国民は経済格差が解消されたことを喜んでいるわ」
「アメリカだってそうだろ。武器や本物の肉の輸出をしていたのが、無人政府による動物保護により肉食は植物由来の代用食に代わり、おまけに戦争のない世の中が続いて今じゃ国防産業そのものが極端に縮小しているんだからな」
「私たち庶民にとっては、無人政府は神さまよ。人間がおとなしくしていれば、無人政府は無駄なお金を使わなくていいから、それでいいんだと思うわ」
「だったら何故、無人政府を採用しているトルコで、クルド人への虐待が起こったんだ?」
ケラーが無人政府の問題点を指摘すると、それまで活発な議論を交わしていた皆が黙った。