【見えない敵②(invisible enemy)】
昆虫型ロボットのAI機能の中核を担うCPUを調べたところ、やはり無人政府が導入されるよりも前に作られたものであることが分かった。
あとは誰が、どの様な目的で作ったのか?
皆でそう話していると「ラルフの出番ね」とイリアが言い、一同の視線が僕に集まった。
僕の専攻は電子工学。
CPUの基板設計からプログラミングまで、コンピューター関連のハードからソフトまで広く学んでいる。
ただ問題は学生の僕の手に負えるモノなのかどうかと言う事と、既にコノ場所で2人が犠牲なっている殺人事件があったと言う事実。
確か日本の古いコトワザに「二度あることは三度ある」と言うモノがあったと思う。
コレは、1回目は単なる偶然で済ませても構わないが、同じことが2回起きたときは次にも起こり得るものとして注意をはらっておくようにと言った意味があるそうだ。
2回あった殺人事件について、僕たちは何らかの対処をしておく必要がある。
現にコノ昆虫型ロボットにシェメールは襲われた。
もしあと少し僕たちの到着が遅れていたら、シェメールはロボットの毒針に刺されていたかも知れない。
このままココに留まることは危険なのかも知れない。
イリアが言った通り、もしも敵が僕たちを分断して一人ずつ殺すことが目的だとしたら……すでにシェメールは1人きりになっていたときに昆虫型ロボットに襲われた。
仮にコノ広い食堂に皆で寝泊まりしていたとしても、トイレやシャワーを使う時には必ず1人になってしまうだろう。
実際の犯罪は良く知らないけれど、ミステリーとかホラーとかの連続殺人ものの映画やドラマなどでは、群れから外れた人たちが順に襲われて行くことが多い。
映画やドラマと、実際に起きていることは違うと思うが用心に越したことはない。
だから僕はココから抜け出すことを皆に提案した。
皆もココで2回も殺人事件が起きていて、そのうえシェメールまで襲われたから全員が“抜け出すこと”に賛成してくれた。
問題は、どこに行くかだ。
自然エリアなら監視カメラも少なく、僕たちを狙っているかも知れない“敵”の眼から逃れることは容易に想像できそうだけど、自然エリアは動物たちの世界だから僕たちが許可も無しに勝手に暮らして良い場所ではない。
だいいち自然エリアには野生のオオカミやコヨーテだけでなく、ジャガーやクマなどの猛獣もいる。
そして僕たちは誰も銃を持っていない。
100年以上前なら猛獣から身を守るために銃を持って行くことも出来たのだが、現代は幾つかの射撃場以外で銃を使うことは出来ないし、許可なく射撃場から持ち出すことや個人で所持することも禁止されている。
更に全ての銃にはGPSが埋め込まれているから、盗んだとしても登録されている保管場所から出た途端に直ぐに逮捕されてしまう。
ただしここアメリカでは指定場所であれば、いつでも撃つことができるため射撃場は銃の愛好家たちの社交場となっている。
「銃が手に入らなければ、自然エリアの奥に隠れるのは難しそうだな」
「かと言って隙間もないくらい監視カメラが設置されている居住エリアの中では、何処に隠れても探そうと思えば直ぐに見つかってしまうだろうし……」
考えが行き詰ったとき、イリアがトイレに行きたいと言ったので、アンヌとシェメールの3人で行くように言った。
そして女子3人が用を済ませて食堂に戻ってくると、今度は僕たち男4人でトイレに行って用を済ませ、また答えの見つからない議論に戻る。
ココを出ていくのは簡単だけど、何処に行っても調べれば簡単に分かってしまう。
迷子にならないし、連れ去られても直ぐに分かる仕組みは有難いけれど、鬼ごっこをするのには適していない。
直ぐに考えは行き詰まり、皆が無言になった。
その時、施錠してあるはずの玄関のドアがガタガタと鳴った。
“風!?”
いや、風の仕業ではない。
その証拠に、時折ドアノブをガチャガチャと動かす音もする。
“誰!?”
敵が堂々と玄関から?
それとも僕たちの注意を玄関に向けさせておいて、他のどこかから侵入してくるつもりなのか……。