【見えない敵①(invisible enemy)】
昆虫型ロボットにしても、その体内に隠されていた毒にしても、無人システムの発達した現代の科学水準から考えると左程驚くべきことではないのかも知れない。
なにしろ形はどうあれ街中にロボットは溢れているのだから。
問題は、このロボットを誰が作ったのかということ。
無人政府はロボットの核となるAIを人間には与えていないし、法律でも人間がロボットを作ることを禁止している。
AIは書き換えることができない上に、万が一書き換えられたとしても履歴は残るような仕組みになっているので、なんらかの通信システムかワイヤレス給電にアクセスした時点でバレてしまう。
バレないようにするには、自前の通信システムと給電システムを構築する必要があるが、今更その様なものを作る行為そのものが無人政府から注目を浴びてしまうので小さなロボットのAIの書き換えは秘密にできたとしても今度は秘密にするべき真の目的の方がバレてしまう。
書き換えられたAIでは独自のシステムが無い中で、動き回ることは出来ない。
もし無理やり使おうとしても、直ぐに通信や給電を遮断されてしまう。
ここで言う“直ぐ”とは、数秒を意味する。
全てのAIが管理されているこの世界では、その数秒でも決して早い対応とも言えない。
つまり書き換えられたAIを搭載していれば、この昆虫型ロボットはシェメールを襲おうとした瞬間にその機能を奪われて行動不能な状態に陥っているはず。
なぜならロボットが人間を襲う行為は禁止されているから。
だが現実には、昆虫型ロボットはシェメールを執拗に襲い、毒針を打つチャンスを狙っていた。
「と言うことは、この昆虫型ロボットに内蔵されているAIは、改造されたものではないと言う事になるのか?」
問題が明らかになったとき、誰に聞くともなくトムが聞いた。
“改造されていない物!”
半導体がキモとなるAIは、たとえ良質のシリコンチップが手に入ったとしても簡単に作ることは出来ない。
シリコンを超薄く切る特殊な装置で加工して、そこにナノレベルの精度で構成された基盤をプリントし、出来上がったチップを電源や入出力の信号を出すために必要な数千本もある足と繋がなければならない。
これは超高精度な装置を使用する必要があり、とても人間による手作業では出来っこない。
だとしたら、考えられるのは、ひとつ。
それは、無人政府が採用される前に作られたモノ。
ここアメリカで無人政府が誕生して既に101年。
ロボットは適切なメンテナンスを施せば、人間よりも遥かに寿命は長い。
昆虫型ロボットがもし僕が思うように無人政府よりも前に作られたとすれば、必ずそれを保管、もしくはメンテナンスをしていたはず。
ロボットに任せていれば作業内容はいつか必ず無人政府の目に留まってしまうから、人の手で行う必要がある。
しかし人間1人では101年もメンテナンスを続けることは出来ない。
ひょっとして、代々受け継いでいたのか?
でも、何のために……。