【虫③(insect)】
シェメールが検査した結果、液体はシアン化ナトリウムであることが分かった。
この液体は、メッキなどを施す時に使われる物で、毒物の中では最も入手しやすい。
また昆虫型ロボットの方は、むかし陸軍のアバディーン兵器局で開発された「ミメラ」と呼ばれる偵察型昆虫ロボットと構造が似ている事が分かった。
「昔の軍隊は、こんなものも作っていたんだ!」
「知らなかったわ」
ルーゴとアンヌが言ったが、知らなくて当然で、調べるとこのミメラと言うモノは試作機止まりで量産はされていなかった。
「つまり古い資料を見て作ったと言う事なのか?」
「いや、現在の無人政府のサイトではハッキングは出来ないので、資料を盗み見ることは出来ない」
「と言う事は、作られたのは、それ以前ってことか?」
「おそらく、そうだろう」
トムの質問にケラーが答えていた。
靴底に金属探知機のような物を忍ばせていたり、他の生徒たちとは距離を置いていたり、それにミメラの事や無人政府のシステムにも詳しいケラー。
たしかに彼の専攻はロボット工学だけど、それ以外に彼をここまで用心深くさせていたのには何か根拠があるに違いないとラルフは思った。
しかし、それが何なのか……。
まだ無人政府を導入していない中国で起きた暴動。
当初は無人システムでの対応を模索していた中国政府も暴徒化した多くの市民の略奪行為に手を焼き、最終咳にはロボット人民解放軍を投入することによって多くの市民が粛清され暴動は鎮圧された。
アフリカや中東諸国では、無人政府や無人システムの導入も遅れていて、導入済みの国々とは大きな経済格差が発生して、そのために飢餓や病気で亡くなる人が以前より増えてしまった。
アフリカや中東にとって、化石燃料や地下資源に頼らない現代社会の構造は思った以上に過酷だ。
ここにきて無人政府や無人システム関連の事件が増え続けている。
その中でも特に目を引くのが、東ヨーロッパでの無人政府によるクルド人への弾圧。
元々無人政府は人間を攻撃しない。
暴動が起きたり飢餓が起こったりしたのは、共にまだ無人政府を導入していなかった国々。
つまり人が判断した結果だ。
なのに東ヨーロッパでは無人政府が、暴徒化したクルド人勢力を弾圧して暴動を鎮圧した。
いろいろと問題の多いクルド人たちのこういった行動は、過去にも数々の移民先で問題となったことは確かだが、まさか無人政府がこのように過激な対応をするとは思ってもいなかった。
そして、この事が切っ掛けとなり、各国で無人政府への反発行動が起きている。
死んだムサラドにしてもジョウにしても、その無人政府反対運動に参加していた。
無人政府は何故人類に牙をむいたのだろう?
しかし、何か重要なことを見逃している気もする。
僕たちが見逃している真実とは一体何なのだろう?