【無人システムの歪(Distortion of unmanned systems)】
最初の事件は、まだ無人政府の導入に踏み切れていない中国で起きた。
無人政府は賄賂も受け取らなければ、裏金を作って個人資産を増やすこともない。
しかも自国のみならず世界の動向は中立且つ公平に報道されるので、秘密主義で情報操作により国民を操ったり、政治と金の結びつきを捨てきれなかったりする国々の長にとっては導入しにくいシステムとなる。
そして無人システムを導入していない国に住む人々の多くは、過酷な労働を強いられていて、働いていないのは特権階級や上級国民と呼ばれる人々だけ。
何故そうなるのかはご存じの通り、無人システムの運用で得られる利益は無限ではなく、その利益を公平に国民に分け与えているから人々は働かなくて済む。
当然、分け前をもらう人が少なければ、一人当たりの配分は高くなる。
中国は上海の貨物ターミナルで起きた貧困層よる無人システムへの襲撃強盗事件は、世界中に大きなインパクトを与えた。
そもそも無人システムは人に危害を加えないが、危害を加えて来る人間に対する防御の仕方は心得ている。
彼らの使う手段は、“集団防御”
例えば物資を積んだ無人トラックが襲われた場合、直ぐに近隣の無人システムが襲われているトラックを守るように幾重にも取り囲む。
そうすれば襲った人間たちは、無人トラックの貨物ドアを開けられないばかりか、動くスペースさえままならず、もはや荷物を盗むどころではなくなる。
しかし今回は相手が悪かった。
中国は元々の人口が多い上に、その殆どが貧困層。
つまり暴動に参加した数が今までとは桁外れに多すぎて、多くの無人システムは破壊され貨物ターミナルにあった貨物は暴徒たちによって根こそぎ略奪されてしまった。
このことは無人システムが導入され始めたときから中国のような政治体制を敷く国では頻繁に行われていたことだが、貨物倉庫や搬送用車両が大人数の強盗団によって襲われ略奪されることが状態化しつつあることから、無人システムは対人対応能力の高い人型ロボットを倉庫やトラックに同乗させて貨物を守る対応に出た。
このことで、当然ロボットと略奪者の間で争いが起こり、遂に死傷者が出る事態となり、それが発端で更なる暴動が起きるに至った。
中国政府は遂にロボット人民解放軍を投入するに至り、暴動は完全に鎮圧されたが民衆側には多大な死傷者が出た。
アフリカや中東諸国では、まだシステムの運用は僅かに留まり無人政府の樹立も遅れており、無人システムから生み出される恩恵が一部の特権階級に集中して、元々あった格差社会が更に広がり餓死者や医療難民が続出する事態が頻繁に発生するようになった。
事態を憂慮した国連無人システム理事会(United Nations Council on Unmanned Systems以下UNCUS:アンカース)は、国連無人軍と無人監視団を派遣。
現地の特権階級層を倒し、無人政府を樹立することにより格差社会の是正や飢餓対策・医療対策が行われ一定の成果を果たした。
だがトルコやイラク北部では無人政府の樹立に伴い、これまでの弾圧から解放されたはずのクルド人勢力が民族的不公平を主張するデモや暴動を繰り返し。
その攻撃対象は、あらゆる無人システムに向けられるばかりでなく、暴動に乗じた強盗やレイプと言う犯罪も繰り返された。
もちろん無人システムには人種・民族・宗教・性別による差別は一切ないのでシステムはその対処に困惑していたが、やがて人種・民族・宗教による対処方法を学び、どのような管理が適切であるか答えを見出すこととなる。
無人政府は他の民族の安全な暮らしを確保するためにクルド人居住区を他の民族と分けたが、彼らにとってそのことは逆効果となり居住区内の監視カメラや人型ロボット、無人交通システムは破壊されたため食料などのライフラインが途絶え、彼らは世界に向けて無人システムからの迫害を訴えた。
時代がまだAD(もしくはCEまたは西暦)と呼ばれていた頃であれば実態を知らずに騙される者も居ただろうが、全ての無人政府は完全に事態を共有しているので何時誰が何処で何をどうしたかと言うことは分かっているので最善な対応策を協議した。
その結果すべての人類が平等であり不公平のない社会の構築は難しいと言う答えに行き付き、持続的かつ恒久的平和な社会を構築するには、少数の不満分子を切り捨てなければならないと言う答えに至る。
この事件をきっかけに無人システムの管理する社会は大きく変わり、彼らはそれまで人類の住みやすい社会の構築から舵を一転させ、人類を厳しく管理する政策に切り替えるようになる。
それは多くの人類を守るためでもあり、また無人システムを阻害する分子を排除してロボットや無人インフラを守るための必要な措置でもあった。
かくしてこの地区の反政府勢力は暴力によって鎮圧され多くのクルド人が死傷し、残った者は強制収容所に幽閉されることとなり事件は一定の解決を見た。
無人システムは根本的な問題を知りながら、それには触れなかった。
彼らクルド人のストレスの源は、クルド人国家の樹立だった。
クルド人は“国無き民”。
20世紀に失った国の再建こそが、彼らの願い。
しかし現在の地球上には、人が安全に住める場所に、人が住んでいない場所などない。
かつてのイスラエルのように、土地を与えて国家を樹立などしようものなら、紛争が絶えない世界になるだろう。
無人システムは人間の願いを叶えるものだが、その根本となる物は“平和”。
止むを得ず、クルド人の鎮圧に暴力的な手段を使わざる負えなかったが、最小限の犠牲に留める事で人間たちの理解を求めることした。
だがそのことは火に油を注ぐ結果に結びついてしまう。
無人システムの暴力による鎮圧は、かつての独裁者と呼ばれた者たちのソレに比べると手ぬるいと言う印象を与える結果となり、やがてアフリカや中東、中央アジアに限らず、北米大陸の黒人層、欧州に住むイスラム教徒、先に暴動を起こした中国人たちをはじめ、管理が厳しくなった無人システムの排除を訴える暴動が起き日増しに激化の一歩を辿った。
暴動の波は東南アジアやオセアニア、南米にも飛び火して各国が保有する警察等での対応は困難となった。
暴動の殆どは無人政府を置いていない地域で発生してシミュレーションの結果では現状の有人政府が倒れる事態となるが、UNCUSは各国の国軍を一体化させて武器を使用することで各地域の暴動を速やかに鎮圧する事だった。
これはより多くの人を守るための選択肢だったが、結果的に各地の暴動は無事鎮圧できたものの、新たな問題が発生してしまう。
それは人間たちによるロボットへの恐怖心。
そのことは人類とロボットとの信頼関係を根本的に揺るがす事態へと発展していった。