【第2の殺人事件(The second murder case)】
「やあ、おかえり。今夜は月明かりがあると言っても、こんな夜中に何処に行っていたの?」
中に入ろうとしたときに、トムに聞かれた。
僕は咄嗟にムサラドのメモに書かれた言葉 “無人政府は、一つではない。たとえ人だと思っていても気を許すな! 今すぐ人間エリアから逃げ出せ!” という言葉を思い出して「散歩」だと言って通り抜けようとした。
ところが、思ってもいなかった事が起きた。
「アンタこそ、コンナ真夜中に何で走っていたのよ!?人に聞く前に、まず自分の事を言うのがマナーじゃない?」
なんとイリアがトムに食って掛かったのだ。
「そ、それは……か、体がなまっていて怠かったから……ト、トレーニングだ。だって、あんなことがあっただろう?犯人もマダ分かっていないし」
「あー、そうね。たしかに、あんなことがあったら、そうね」
イリアは最初の勢いを失い、トムの話に同調する穏やかな姿勢を見せた。
「だろっ! 誰だって、仲間が殺されているのに犯人さえ分からなければムシャクシャするよ」
「そうね。いままでのロボット警察なら、長くても12時間以内には犯人を特定して、逮捕は出来なくても指名手配として公表していたわよね」
「そう! それなんだよ、俺が気になっているのは‼」
「それで自ら手がかりを探そうと思って、走り回っていたのね」
「うっ……」
「つまりアンタは、体がなまっていて怠いから走っていたんじゃない! 死んだムサラドが、何か手掛かりになるような物を残していないかと探し回っていた。 そうでしょう!コノ嘘つき‼」
「……」
まんまとイリアの誘導尋問に乗せられしまったトムが落胆する様子は見ていて可哀そうだった。
しかも最後には面と向かって“嘘つき!”とまで言われたのだから。
落ち込んでいるトムなど見向きもしないで、イリアはスタスタとトムの前を通り過ぎて行く。
僕も、イリアの後に続く。
けれどもトムの前を一歩通り過ぎたとき足を止め「友達なら、誰だってそうするよ。だけど嘘はいけなかったな」とだけ言った。
トムは俯いたまま、頭を掻いていた。
イリアは、そのまま食堂に向かった。
食堂には料理を作っているシェメールと、テレビを見ているケラーが居た。
「シェメール、何作っているの?」
「ローストビーフよ。しかも炭火焼よ!」
「すごーい‼」
「こんな時なのにゴメンナサイ」
イリアに褒められているのに、急にシェメールが恐縮して言った。
「こんな時だからよ。 ねえ、ラルフ。 そう思わない?」
たしかにイリアの言う通りなのかも知れない。
ロスのデモに参加していたムサラドが急に戻って来て死んで、シリコンバレーで行われた無人システム反対集会に参加していたスミスとジョウの2人とは連絡が取れない状態。
だけど僕たちには何の手がかりもない。
イリアに責められてトムが白状した通り、僕たちに出来ることと言えば、当てもなく無駄に動き回る事だけ。
まあ僕たちの場合、運よくムサラドの残したメモを見つけることに成功したけれど……。
闇雲に動くよりは、時が来るのを待っていた方が良いのかも知れない。
その時が来るまで、美味しいものを食べて気分を癒し、体力をつけて置くことも大切だろう。
イリアがシェメールと話し始めると、ケラーはいつの間にか席を立って食堂を出て行くところだった。
“引き留めて、何か聞くか!?”
僕は咄嗟にイリアを見たが、イリアはチラッとケラーの後ろ姿を見ただけで、またシェメールとお喋りを始めた。
カツカツと靴底にハメられた金属が床を叩く独特な足音を残して、ケラーは食堂から出て行った。
ケラーと入れ替わるように、ルーゴとアンヌが食堂にやって来た。
「わあっ、美味しそうな匂い! ローストビーフね」
「うん、良い匂いだ」
アンヌが喜んでシェメールの傍に行く。
ローストビーフ。
これは昔の名前が残っているに過ぎない。
現在食べられる肉とは、植物や昆虫を加工して作られたモノで、実際の牛の肉ではない。
もう僕や僕の親の世代になると、動物や魚の肉を実際に食べた事のある人は極端に少ないだろう。
もちろん僕自身も、“本物”を食べたことはない。
チョッとどんな味か気にならないでもないが、本物の肉を食べると言うことは、先ずその動物をピューマやオオカミたちがするように殺さなければ食べることは出来ない。
人間は野生動物ではなく、長く培われた文明のもとに暮らしている。
たしかに僕たちの曽祖父がまだ子供だった時代には、陸や海に居る数えられないくらいの動物を殺して食べていたらしい。
そんなことを考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
モニターに映し出されたのは、ロボット警察官。
この前の事件のことなのかと思って聞くとどうやらそうではなく、シェアーハウスの裏に止めてある車から死体が発見されたらしい。
“今度は、いったい誰が!??”