【隠れる(hide)】
僕たちは彼に見つからないように息を殺して動かないようにしていた。
月の光が丁度僕たちの背中の方からケラーに向かうように射していたのが良かったのかも知れない。
ケラーはしばらくコッチを向いて様子を窺っていたが、安心したのかまた動き始めた。
どうやら何かを探しているみたいに、木の幹をみたり枝を揺らしてみたりしている。
目的は僕たちと同じムサラドが何かを残していないか探しているのか?
だとしたら、ケラーが犯人?
それとも僕たちと同じ推理に辿り着いただけなのか?
イリアも居るし、迂闊なことは出来ない。
僕たちは次々と木に移りながら、隠してあるかも知れない何かを探すケラーがコッチに来ない事だけを祈りながら見守っていた。
ケラーの姿が遠退き、僕はイリアと彼を追うべきか、それとも安全な寮に帰るべきなのか話し合った。
イリアは真相が知りたいから追おうと言ったが、僕は反対した。
ムサラドはケラーを嫌っていた。
そのムサラドが、何の抵抗も出来ずに心臓を一突きされて殺されたのだ。
もし犯人がケラーだとすれば、そうとう格闘術の心得があるか、或いはナイフの扱いに上手いかのどちらか。
僕もケラーを追って真相を確かめたいのはやまやまだったが、イリアの身の安全の方が僕には大事な問題だ。
だけど僕はイリアには甘いから、どうしても彼女の意見を無に出来なくて、見失わないギリギリのところまでケラーから離れて追うことにした。
やはりケラーは何かを探している。
しかもそれは相当重要なことらしく、忙しなく木々や地面に穴を掘った後がないか精力的に動いていた。
日頃のヌーボーっとした彼とは見違えるくらい。
そのうち何かを見つけたのか木を登り始めたので、固唾をのんで注目していたとき、僕たちが来た方向から誰かが走ってくるような気配を感じて慌てて茂みに隠れた。
足音はロボットの走り方ではなく、人間のもの。
こんな夜更けにいったい誰だろうと思っていると、それはトムだった。
トムと2人なら、ケラーを問いただすことも……一瞬そう言った考えが心を過ったが、もしもトムこそがムサラドを殺した犯人だった場合、ケラーが味方になって戦ってくれる保証はない。
僕たちは何も武器として使える物を持っていないから、もしトムが犯人でナイフを持っていた場合ヤバイ。
トムが20mほど離れた所を走り抜けていくのを僕たちはただ見送る事しかできなかったばかりか、トムに気を取られているうちにケラーを見失ってしまっていた。
広い自然エリアをしばらくイリアと2人で探したが、再び見つけ出すことは叶わなかった。
諦めて寮に戻ることにしたとき、また草むらで何かが動いている気配がした。
“今度は何だ!?”
色々と何かが起こる夜。
気配を殺して身を隠していると言うのに、相手の方は少しずつコッチの方に近付いてくる。
“ロボット!?”
赤外線の目を併用して、聴力も人間を遥かに超えるロボットなら、こんな低木の陰に隠れていても気付かれてしまう。
“どうする!?”
イリアに目で聞くと、彼女は声を出さずに口パクで「ロボットなら人間には手は出さないでしょう?」と答えた。
つまり見つかるまで待つと言うこと。
散歩やジョギングコースを越えて、無許可で自然エリアに入ることは禁じられている。
その大きな理由は野生生物の保護と自然環境の維持。
無許可で、しかもロボットのガイドなしで昆虫や植物の採集を行うことは固く禁じられているが、迷って入ってしまった場合や種の存続のための行為であればかなり大甘に許してもらえると聞いた事がある。
僕とイリアは年頃だから、種の存続のための行為だと言えば、そう問題にはならないはず。
なにしろこのロボットが人間を管理する無人政府の社会には、スリルと言う刺激が余りにも少なすぎる。
スリルがなければ性行為もマンネリ化して、出生数も下がってしまうから。
無人政府は何故かコノ出生率を重要視しているところがある。
人間を淘汰して、ロボット独自の世界を作る気は無いのだろうか?
他所事を考えているうちに、相手の気配がかなり近付いていた。
“はあはあ”と呼吸をする音が聞こえ、相手がロボットでは無い事が分かる。
僕とイリアに緊張が走る!
ロボットのような機械よりも、生きているものの方がはるかに怖い。
「ウゥゥーーーッ」
この唸り声と、少し生臭い息は、もしかしてオオカミ!??