【推理(inference)】
通報から約30分弱で全ての現場検証と関係者への聴取が終わり、無人警官たちは帰っていった。
監視カメラの送信機能は壊されていたためクラウドからデーターを拾うことは出来なかったが、レコーダーにはバックアップの記憶回路が装着されているはずなのだから犯人が誰なのかは直ぐに分かるはず。
それなのにココに居る誰も容疑者として連行されなかったということは、我々の中に犯人と思われる怪しい人物は居なかったと言うことなのか……。
ホッとする反面、事件の異常性を不気味に感じた。
ムサラドを殺した犯人が、いつ防犯システムを無効にしたのか?
犯行後に防犯システムを無効にしたのであれば、その目的は何だろう?
たとえレコーダーからバックアップ回路を外したとしても、犯行の詳細を映した映像は既にクラウドに転送されているから隠しようがない。
また逃走経路を誤魔化すためだったとしても、この施設を出たあとにも監視カメラは数えきれないほどあるから、その監視網から逃れることは不可能だからシステムを壊すメリットは殆ど無いと言っていいだろう。
では犯行前に防犯システムを?
犯行がバレるのを恐れて予め防犯システムを壊しておいたのであれば、犯人はムサラドがココに戻って来ることを知っていたことになる。
防犯システムは定期的にクラウドとの相互通信を行っているので、ムサラドが到着する時間より大分早く通信が出来ない状態にしてしまうと、ロボット作業員が点検と修理に来てしまう。
つまり防犯システムを無効にするには犯行直前というタイミングしかなく、それを可能にするためにはムサラドがココに来ることを知っているだけでなく、それが何時頃なのかと言う大まかな時間まで知っている必要がある。
しかも、それが誰も居ない時間だと言うことも。
犯人がムサラドの後を追って来た?
ムサラドの行先を知っていない限り、先回りは出来ない。
犯人はムサラドがココに来ることを知っていたのか、もしくはムサラドから予めココに来ることを知らされていた?
ムサラドが誰かに追われていたとして、それを知らせるのであれば真っ先に僕に連絡するはず。
他のだけかに連絡するとしても、ケラーはともかく、いつも一緒に居てベタベタしているルーゴとアンヌに関してムサラドは快く思っていなかったので、この3人に連絡するとは考えにくい。
と、なると残るのはトムかイリア、そして同郷のシェメールの3人。
この3人なら、ムサラドに強く口止めされない限り、僕に知らせてくれるはず。
ところでケラーは何故僕より早く犯行現場に居た?
ケラーの部屋は、僕の部屋から見て玄関に降りる中央階段の反対側の一番奥にある。
だから僕と同じように、誰かが玄関のドアを開けた音に気付いたのであれば僕より早く玄関に辿り着くことは出来ないが、その僕自体が音を聞いてしばらく様子を見てから行動を起こしているので、彼が先に現場に着いていたとしても何らおかしなことはない。
ただ僕が引っ掛かるのは、夜中に不審な音を聞いたとして、直ぐに様子を見に行くものなのかと言うこと。
ふつうなら自分自身の身の安全を確保するために、僕のようにしばらく様子を見てから、用心深く現場に行くのではないだろうか?
ケラーを犯人扱いして罵声を浴びせたトムの行動だって少し怪しいと言えなくもない。
なぜならトムは、事件が起きる2時間前。 僕とイリアが散歩から帰って来た時に、まるで誰かが返ってくるのを待っていたように玄関ホールに立っていた。
もしも僕とイリアが出て行ったことを知っていたのなら、散歩の途中であんなことをしていた事くらいは気がついてもよさそうなはず。
なのにトムは上気した僕たちを見て、ジョギングをしてきたのかと聞いた。
そう考えると、トムの目的は僕たちではなかったのは確かだろう。
だからと言って、そのことがムサラドを待っていたこととも直結しない。
一番重要なことはムサラドが殺された後、集まった誰もがびしょ濡れになった様子がなかったと言うこと。
雷が鳴りだす前から通信端末をあのように壊したのであれば、それなりの音がして然るべき。
雷の音に紛れて壊したのであれば、同時に降り出した強い雨に打たれて、衣服や髪はびしょ濡れになっていただろう。
たとえ急いで着替えて髪を乾かしたとしても、人間という生物の殆どは水で出来ているから雨に濡れてたっぷりと水分を含んだ皮膚からは、僕とイリアが散歩から戻って来た時にトムが気付いたように体から蒸気が出るはずだから分かってしまう。
なのに、誰からも雨に濡れた痕跡は感じられなかった。
外部犯……?
いや、それならワザワザ玄関で殺すこともないし、通信端末を壊しておく手間もいらない。
そーか……ムサラドが殺されてしまったのか。
こんばんは、俺はサンフランシスコのシリコンバレーで行われた反政府学生運動の集会に行ったスミスです。
無人政府……。
ところでこの時代では化石化した数字だけど、昔はGDP(国内総生産)や平均賃金などがよく話題になったと聞いています。
日本が無人政府を発明し、世界に先駆けて導入した切っ掛けが、実はコノGDPや平均賃金絡みで無能な政治家がもたらした悲惨な末路があったからなんです。
その政治家(政治組織)は表では「国民のため」と言いながら、裏では企業を最優先とした政治を行っていて、その数字的実績を上げるため物価高を容認し、各企業に大きな利益をもたらしました。
もちろん表では「この物価高に対応できるように、各企業には積極的な賃上げをお願いしたい!」と言っていましたが、物価高のペースに賃金を上げるのでは自転車操業と同じで、そもそも賃金が上がってもそれ以上に物価が上がれば意味がない。
さらに昔の年金制度では、支給額と物価指数との関連性は一切考慮されていないので物価が上がれば高齢者の生活は苦しくなります。
また物価とは衣食住全てに関連或るので、特に高齢者の安全安心な衣食住を提供する高齢者福祉施設などは物価が上がれば入所費も上げなければならず、それを追いかけるように福祉目的税(介護保険)も上げざるを得なくなり、更に国民の生活を苦しめる事に成ります。
更に日本政府は国民への税負担を増やし、企業には法人税の軽減や補助金のバラまきなど企業に手厚い政策をとることで、一時は世界第4位に落ちたGDPも見事に3位返り咲きを果たし、就労者平均賃金もそれまでの400万円そこそこから一気に500万円の大台にまで上げることに成功しました。
しかし25%平均賃金が伸びたところで、物価は更に上を行く50%以上も上がっていたので国民の生活は更に苦しくなり、生活弱者による自暴自棄的な犯罪や自殺者、孤独死などが急激に増加し、結局無能な政治家には国を任られないということで最先端のスーパーコンピューターに託すこととなり、これが無人政府の始まりとなるのでした。
長くなりましたが次回は【捜索】をお送りいたします。