私はあなたを……
彼は私を見下ろしていた。その目には、光など灯ってはいなかった。
私は彼を見下ろしていた。もう、私ではないのかもしれないが。
「ゴホッ……はぁはぁ……クソッ…………」
彼は汚れた手を、体を、上下に大きく揺らしていた。額からは汗が吹き出ていて、彼の必死さが見て取れた。
私は今、彼を後ろから抱きしめている。
あぁ……なんて憎いんだろう。この世界の運命なんてものは。
指を彼の体に沿わす。汗が滴る彼の顔を、息をするたびに震える彼の首を、鼓動を感じる彼の胸を。
「生きててよかった」
私は呟いた。でも、その言葉は届かない。
だけど、いいのかもしれない。
私の幻影は、私の思いは、きっと彼を縛り続けるだろうから。
きっと聞こえないだろうけど、私は思いを口にする。
「お願いがあるの。ねぇ、忘れないでね?私のこと」
私は彼の耳元で囁いた。
彼はこれからも生きていく。たくさんの出会いがあって、たくさんの経験を積むだろう。
その中で、私以外の女性と出会うこともあるだろう。
世の中の人々は、
『きっとあの子は君の幸せを願ってる。速く忘れて、幸せになりなさい』
なんて言うだろうけど、
"そんなことは許さない"
お願いだから、ずっと忘れないでいてほしい。
「私のことを一生引きずって……そのまま、私に会いにきて、ね?」
この愛は、彼には重すぎるのかもしれない。
だけど、世の中の悲愛の主人公たちも、私と同じことを思っているはずだ。
私は彼に優しく語りかける。
「ねぇ……いきましょう?ここに居ても、どうしようもないよ?」
「あなたが壊れゆくその日まで、私はそばにいるから。そばで笑ってあげるから」
この言葉も、今の私も、彼への愛の証明であって、呪いでもある。
愛と呪いは紙一重だ。その過程で、どちらにもなりうる。
彼は私に背を向けて歩き出した。重いものを背負ったように丸くなった背中は、哀愁を漂わせる。
「ずっとついていくからね?覚悟しててね」
私はただ彼に呟いた。
笑顔になど、なれやしなかった。
皆さん初めまして。ブルングです。
今回は視点によって言葉の意味が変わることを意識して作ってみました。