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ウサギ追いし

 アウラと呼ばれた少女は宿屋の女性に支えられながらゆっくりと起き上がった。


 エメラルドの瞳はきょろきょろと辺りを見回していたが、シノンたち3人が少女を凝視していることに気がつくと、か細い声を出して怯えだした。


「あ、あぁ……ぁぁ」


「一体どうしたの!?大丈夫よ、大丈夫だから。何があったの?ゆっくりでいいから教えて」


 女性が警戒心を解すように優しくアウラの背を撫でる。

 それでもアウラが落ち着くことはなく、空いていた窓から外に飛び出して逃げて行ってしまった。


「待って!!」


「皆もお願い、アウラを捕まえて!」


 宿屋の女性の切々な叫びが部屋に響いた。


 それから直ぐにアウラを追って、シノンたちも窓を飛び越え急いだが、距離は引き離されるばかりだ。フードで耳を隠したアウラは時に四足の獣のように走り、木が生い茂る悪路をものともせず疾走する。


「はぁ、はぁ、なんて速いの…!!」


 海岸沿いの村から、あっという間にうっそうとした林にたどり着いてしまった。アウラの姿はもう豆粒ほどに小さい。

 私の足じゃとても追いつけないけど、アスターとリベスだけならもっと速く走れる。


「見失う前に2人は先に言って!」


「いや、こんな危ないところに君を置いてはおけないよ」


「危ないって何が……あっ、見失ったじゃない!」


 アスターの意味不明な発言を聞き返そうとしたとき、ついにアウラを見失ってしまった。


「大丈夫だよ、もう見つからないしゆっくり歩こうか」


 アスターはどうしてそんなに落ち着いていられるんだろう。内心どうでもいいとか思っているんだろうか。…………十分ありえる。

 例えどれだけアスターが内心で面倒くさがっていようとも、意見は正しい。シノンたちはトボトボと林を歩いた。


「お、やっと来たね」


 突然アスターはそう言って笑みを浮かべた。ほら危ない、とシノンの腕を引いて下がらせる。何が何だかわからずきょとんとするシノンが元いた場所に、ナイフを突き立てる少女がいた。


「わざと俺たちが目視できる範囲で逃げてたんだろう?何かあるとは思ったけど、殺すためだったとはね」


 ナイフを突き立てた少女、アウラはシノンを刺殺できなかったことに驚いて態勢を立て直そうとする。


「動くな」


 信じられない速度で後退したアウラに、黒い靄が巻き付き身体を拘束する。リベスの突き出した掌からは黒い靄が噴出していた。黒い靄は次第に凝縮して縄の形を取っていく。


「うわぁあ!……放せ!」


 拘束されたアウラは地面に伸びた手足をばたつかせて暴れた。


「とりあえずナイフは回収させてもらうね」


 アスターは嫌がるアウラからいとも簡単にナイフを奪い取った。

 そしてシノンはアウラに静かに近寄った。


「どうして、私を殺そうとしたの?」


 どうしていつも命を狙われなければならないんだ。やっと都から逃げ延びて、お金がなくても置いてくれるという優しい夫妻に幸運にも出会えて、漸く、漸く、命を脅かされない穏やかな生活を得られるところだったのに!!

 それがどうして、


「どうしてあの夫妻の娘である貴方に命をねらわれなければならないの!」


「そんなの……私があの人たちの娘だからだ」


 アウラはキッとシノンを睨みながら話し始めた。


「私はさ、あの人たちと血が繋がってない。行く場所がなくて適当に歩いた先で雨宿りしてたら、勝手に拾ってくれたんだ。でも、私はこんな人らしくない耳を付けてるだろ?いつもはフードで隠してたのに、その日は暗い夜だったから気にせずそのまま外に出たんだ。そしたら偶然すれ違った人が私を見て、化け物だ!って言った。化け物を飼ってるって噂になったあの人たちの宿はもう潰れる寸前なんだよ。

 私が拾ってくれって言ったわけじゃないし、勝手に拾われただけだけど、私のせいでこうなったんだ。だからもう、こんな噂はたたせない。耳を見たやつは皆殺す!私が宿を守るんだ!」


 アウラは縛られて地面に転がる身体を、精一杯持ち上げてそう叫んだ。

 シノンはしゃがんでアウラと視線を合わせて出来る限り優しく話しかける。


「私はそんな噂なんてたてないわ」


「信じられるわけない」


 怖がる人は皆そういうんだ!と叫ぶアウラ。アスターと似たこと言うのね。


「でも身動き取れない貴方をどうやって怖がればいいのかしら」


「……うっ」


「それでも納得してくれないならこれはどう?私たち、これから貴方と一緒に暮らすことになったの。つまり宿の不利益は私の不利益でもある。好き好んで自分の損になることをする人はいないと思わない?」


「……確かにそれはそうだな」


「伝わって良かったわ。これでもう争う必要は無いわね」


「………そういう事になる」


 アウラは歯切れが悪そうに答えた。


「それじゃあ皆で帰りましょうか。リベス、縄を外して」


「また襲われるかもしれないぞ」


「まぁそれでも構わないでしょ。何度襲い掛かられても楽に捕まえられるわけだし」


 リベスの心配にアスターが気楽に答える。それならいいが、と渋々という様子でリベスは黒い靄を霧散させた。身体を拘束するものは解けたにも関わらず、アウラは俯いて足を引きづるようにズルズルとシノンに続いた。

 さくさくと雪まみれの土を踏みしめること数分、


「そういえば昨晩、夫妻が貴方を探していたけど」


 シノンはアウラに声をかけた。


「え、ああ」


 俯いて物思いに耽っていたアウラは、弾かれたように顔を上げて頷いた。


「昨晩何があったの?」


「別に、ただ訓練してただけだ」


「訓練?」


 訓練という言葉に嫌な思い出があるのか、アスターはやや顔を顰めていた。


「そ、宿を守るために。結局役に立たなかったけど……」


 それからアウラはポツポツと昨日から今朝までの出来事を語った。


「昨日はもっと奥の森の方にいたんだ。抜け出すとうるさいからバレないように夜中のうちに。

 途中まではいつも通りだった。でも空が明るくなったから帰ろうと思って後ろを振り返ったら――」


 段々と声が震え、顔が心做しか青白く見える。

 ホラーのような展開に、自然とリベスとシノンは生唾を飲み込んだ。


「一瞬すぎてよく分からなかったけど、大きくて白い何かが強い力で私を締め上げた、と思う。それから私は気づいたら宿に戻っていたんだ」


 あれは多分人間じゃない。そう言ってアウラは怯えた表情で締めくくった。


 話にあった大きくて白い何か……考えるまでもなくアイツだ。

 リベスとシノンは心当たりのある男にジト目を向けた。注目された白いローブの男は気まずい空気を誤魔化すように声を上げた。


「え、えーと、白い何かは一回置いといて、君が家を飛び出して鍛えてるのも、耳を見た人を殺そうとするのも、君のその兎耳が宿に迷惑をかけているから、だよね?」


「そうだけど」


「君の悩みを根本的に解決するいい方法があるよ」


「ほ、本当か!?」


 期待の籠った眼でアスターを見つめるアウラ。

 だがシノンだってこの問題が解決すればもう命を狙われる心配は全くない。安心してこの地でスローライフを送ることができる。

 先ほど善意で兎(人間)を押し付けられたにも関わらず、シノンもアスターに期待せずにはいられなかった。


「それはねぇ……」


 アスターは勿体ぶって一呼吸間を置く。そして悪意のない笑みで言い放った。


「君の兎耳をちぎり取っちゃえばいいんだよ!」


 ……期待した私が馬鹿だった!!


 アスターがそう言った瞬間、場の空気は凍り付いた。ただでさえ寒い気温がさらにぐっと冷えたように感じられる。


「ひっ」


 アウラは目にも留まらぬ早業でシノンの影に隠れて震えていた。


「貴方って本当に人の心がないわね……」


「人として最低の部類だな」


「俺、人じゃないんだけど?」


 シノンに白い目を向けられ、アスターは口を尖らせて続ける。


「で、どうするの?兎耳を取ったとしても人間の耳は残る。頭の上の迷惑なものが消えるだけだ。それに俺は力には自信があるから、きっときれいに取れるはずだよ」


「取らない!絶対取らない!!」


 アウラは恐怖で目を潤ませながら、震える手で自分の千切り取られるかもしれない耳を覆った。


「えー、いい案だと思ったのになぁ」


 口ぶりは残念そうに、アスターはさっさと歩き始めた。

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