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ウサギ美味し

 昨晩断罪され、アスターと命からがら身一つで逃げ延びたシノンは、また一つ大きな危機に直面していた。


「このままじゃ無銭宿泊になってしまうわ……!」


 今現在宿に泊まっているシノンは無一文だった。


「あれ?そういえばシノンの魔法でお金作りたい放題じゃないの?」


「アスターは知らないのかもしれないけれど、造幣は犯罪なのよ?」


「知ってる、でも君はもう指名手配されてるでしょ?」


 もう失うものは無いよと積極的に犯罪を勧めるアスターにため息を吐きたくなる。


「なるべく罪は重ねたくないのよ」


「それならアスターの服を売ったらいいんじゃないか?幸い一枚売っても問題ない服装をしているし、そのローブは上等なものなのだろう。売れば一夜の宿代を差し引いても釣りが出る値にはなるはずだ」


 それを聞いたアスターは、この追剥ぎー、とわざとらしく両手で肩を守るポーズをした。


「この服は絶対売らないよ。それに俺はただの用心棒であって、そこまでしてシノンを助ける義理はないからねぇ」


 じゃあ俺は外行ってくるから!と逃げて行ってしまった。


「どうするんだ」


「……夫妻に頼み込んで労働で許してもらうしかないわね」







「というわけで、見合うだけの労働はしますのでどうか見逃して頂けませんか?」


 シノンはリベスと話している内に自室に戻っていた宿屋の夫妻に状況を説明していた。

 もちろん、アスターたちが人工生物であることも、自分が指名手配されていることも言えるわけが無いが。

 それでもシノンは言えるだけの情報を懇切丁寧に説明していた。


 女性はそれを聞き終わるとくすくすと小さく笑った。


「ねぇあなた、あの子を拾った時のことを思い出さない?」


「俺の覚えではあの子はこんなにふてぶてしくはなかったけどね」


 そういって夫妻は笑いあって、シノンに向き直った。


「良いでしょう。しかし労働とは本当に大変なことですよ。家出なら早く実家に連絡した方が――」


「――しません、家には絶対に帰りませんし、連絡も取りません」


 こんな物乞いのような連絡、出来るわけない。

 シノンが食い気味に答えると、男性は直ぐに引き下がった。


「ではこれからは店主と従業員という関係になるのだけどそれで良いね?」


「はい、よろしくお願いします!」


「そうだ!労働で返すとは言っても、もしかして住む場所に困っているんじゃない?」


「ええ、はい。そうですけど……」


「それならいっそウチに住んじゃえばいいわ!」


「え?」


 シノンが困惑している間にも話はどんどん進んでいく。


「さすがに客室は貸せないけれど、物置部屋を綺麗にすれば使えるわね。結構広いし。間仕切りを置いて2部屋にしましょうか」


「え、ええと……?」


 男性は苦笑いをしていた。


「妻は拾い癖が酷いんだ」


「というわけで部屋はありそうだから、もしあなたたちがここにいたいならずっといてくれて構わないわ。その代わり毎日仕事をしてもらうことになるけど」


「嫌なら断ってくれていい」


「いえ、願ってもない話です」


 よろしくお願いします、とシノンは頭を下げた。


「そうと決まれば部屋の準備ね!着いてきて!」


 パワフルな宿屋の女性はシノンの手を引いて部屋へと案内した。女性が部屋の扉を開けると、細かな埃が飛び出してきた。すごく埃臭い。袖の布を口と鼻にあてがうと室内を覗き込む。

 部屋中に使わなくなった家具に一面雪のような埃が積もっていた。


「今日は部屋の掃除をしましょうか!」


 女性がにこやかに言った。







 水を汲んだバケツで雑巾を洗う。繰り返し水に浸る指が凍るように冷たい。結局アスターは逃げ出したっきり戻ってこない。リベスはちゃんとやってくれているけれど。


「そういえば貴方も良かったの?何も言っていなかったけど」


「僕はあんたの言うことは何であれ従う。だから口を挟む理由はない」


 出会い方が悪かっただけで、本当は真面目なやつなのかもしれない。

 そのときコンコンと窓を叩く音がした。窓を振り返ると白いローブに身を包んだアスターが立っていた。


「シノン、何してるの?」


 窓を開けると、アスターは身を乗り出して聞いた。

 北風が部屋に吹き込んで凍える。


「夫妻が宿屋の仕事を手伝うのなら、ここにおいてくれるって。今は私たちの部屋の掃除」


 シノンはアスターに洗った雑巾を投げて寄越した。


「冷たっ!」


「貴方もここに住むことになったのだから手伝いなさいよ」


 シノンは床の濡れ拭きを再開した。アスターはそんなシノンの様子を眺めていた。


「シノンって掃除できたんだね」


 妙に感心したような言い方で馬鹿にされているように感じる。


「できるわよそのくらい」


 前世の記憶があればね!


「で、どうやるの?」


 …お前ができなかったんかい。


「あ、でもその前に…………お金に困ってたでしょ?取ってこなかったのはリベスだけど、お金は気にしなくていいって言ったのは俺だから、ほんの少しの責任は感じてたんだよ。俺はコイツよりも優秀だからね!と、言うわけで食費節約の為に兎を狩ってきましたー」


 じゃん、とアスターは足元に転がっていた何かを持ち上げてシノンに見せた。

 それは汚れひとつない白くてふわふわした立派な兎耳が付いた……


「獣人!?」


 思わずシノンは前世の創作された実在しない種族の名を口走ってしまった。

 何故なら兎耳の下には歳若い少女の身体があったのだ。気を失ってされるがままの少女は簀巻きにされて、アスターに持ち上げられていた。


「ジュウジン?」


 首を傾げつつもアスターは期待の籠った目でシノンを見つめて感想を待っている。

 猫か。いや猫より捕まえる方も捕まえられた方も大分可愛げが無いけれど。


「…………野に返してきてくれる?」


「えー、折角捕まえてきたのに。兎嫌いだった?」


「耳以外はどう見ても人間じゃない!」


「仕方ないなぁ」


 アスターは獣人を今度はリベスに向ける。


「じゃあ兄弟に譲るよ」


「兎と言い張ったそれを今度は僕に渡すのか」


「兎耳がついてるだけで9割は人間だからね」


「言い方が悪いわよ。10割人間+兎耳よ」


「えっそう?」


「ほら頬の横にも耳がついてる」


「本当だ」


「なんというか、論点がずれているんじゃないか」


 リベスの注意も虚しく、シノンとアスターが下らない話し合いをしている中、ガチャリと廊下のドアが開いた。


「どう?掃除は終わりそう?」


 宿屋の女性が室内に入った。穏やかそうに入室した彼女はアスターの両手に抱えられた兎耳少女を見ると、血相を変えて駆け寄った。


「アウラ!」


 彼女はアスターから少女をもぎ取り縄をほどき、必死に名前を呼びかける。


「アウラ!アウラ!しっかりして!一体何があったの!?」


「ほ、本当に何があったんだろうね……。俺には想像もつかないなぁ」


 目を逸らして恍けるアスターには目もくれず、彼女は酷く狼狽えながらも、アウラという名前を繰り返した。

 その呼び声に答えるように少女はゆっくりとその瞼を持ち上げた。コーラルレッドの細かな髪の奥でエメラルドの瞳が現れた。



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