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素晴らしい再会の終わり

「私のお母様にナンパするんじゃない!!!!!」


 シノンの渾身の一撃は吸い込まれるように、アスターの不意を突きクリーンヒット。人工生物の左頬に赤い擦り傷を作るという令嬢にとっては快挙をもたらした。


「シ、シノンのお母様!?」


 左頬を摩るアスターの何とも情けない叫びが路地をこだました。

 落ち着いた彼はシノンの顔をまじまじと見、それからシノンの母親を振り返って、また視線をシノンに戻した。2度目に見たシノンの表情は心の底からの軽蔑であったことは言うまでもない。


「貴方本当に分かりやすい趣味してるわね」


 その声には怨嗟が宿っている。


 その騒ぎに彼女はゆっくりとシノンに視線を合わせた。瓜二つの容姿の、エメラルドとアメジストの瞳が向き合う。


「シノン……?」


 鈴のような綺麗な声が聞こえる。

 今までは思い出そうと思っても、何一つ思い出せなかったのに。

 たったその一声でシノンの脳裏には勢い良く湧き出す水のように、幼い頃の幸せな思い出が蘇った。


 お気に入りの窓辺にアスターの花を植える母。

 優しく私を呼んでくれる母。


「お母様!」


 堪らずシノンは抱きついた。まるで幼い頃のように。昔は膝にしがみつくのがやっとだったのに、今はほぼ同じ身長になってしまった。

 彼女は驚いてこそいたが、シノンを抱き止めた。その行動にすら涙が溢れる。

 私はこんなにも変わってしまったのにここにいる母は記憶の中の母と何一つ変わっていなかった。


 父と仲が良かった母。

 庭で談笑していた日もあった。

 その頃の父は私のことも…大切に思ってくれていた気がする。


「お母様……どうして……」


 そして、3歳のとき、私を置いてどこかへ行ってしまった母。


 母に会えたのは嬉しい。嬉しいが、どうしてもこれだけは聞かなければならなかった。

 聞かなければならないが、きっと漠然と再会を喜べるこの雰囲気を壊してしまうだろう。

 それでもシノンは意を決して母に尋ねた。


「どうして……私も連れて行ってくれなかったのですか」


「…………」


 その答えは長い沈黙だった。

 シノンを見つめるエメラルドの瞳が揺れる。


「今日はもう遅いから明日また来なさい」


 そう言って彼女はシノンに突っ撥ねた。


「でも……」


「もう帰らなければならいことは、あなたもわかるでしょう?」


 最早取り付く島もなく、彼女はシノンに取り合おうとしない。


 刻限のことはラムリからも聞いていた。『幸せの国』の法律で、夜が訪れるまでに東側区画から立ち去らなければならない、と定められているのだ。

 もう日の暮れる今日は帰って、明日またここに訪れればいい。2度と会えなくなる訳ではないのだから。

 だが頭では理解できることでも行動に移せるかと問われれば別の話だ。


 シノンは彼女の服の裾を弱弱しく掴んで離そうとしない。


「いかないで……」


 縋りつく様は幼子のようだった。

 殆どの人間が振り払うことができない物悲しい懇願を、彼女は服についたごみを払うような仕草で払い除けた。


「帰りなさい」


「お母様っ……」


 酷薄な態度にシノンの目は潤んだ。手を伸ばしても、1度拒絶されたその手を掴むこともできず。

 彼女はシノンに背を向けると静かに離れて行った。そして近くの家屋の扉を開けるとその中に入ってしまう。

 最後に、玄関の戸の鍵を閉める音だけが聞こえた。



 立ちすくむシノン。

 棒立ちのリベス。


 そうしてどれだけの時が経った頃だろうか。


「え、えーー。シノン」


 居心地が悪そうにアスターがシノンに声をかける。

 シノンがアスターを見上げる。その視線が睨んでいるように見えるのは恐らくアスターの勘違いではなかった。


「とりあえず、家に戻らない?」


「そうね。……そうするしかないわね」


 3人はそれぞれ居心地の悪さを感じながら、帰路に着く他なかった。

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