再会に次ぐ再会 下
シノンは眼前の真っ直ぐ伸びる細道をひたすらに進む。
おかしい、とは思う。
だがそんなはずはない、とも思う。
何故ならシノンはジェラルドに高台に連れられたときに見たのだ。薄暮にも賑わう西側の大通りを。それもはっきりと。
ジェラルドと別れた時に選んだ方向は正しかったはずだ。そしてこの道のりは真っ直ぐ。ここまでで間違っている要素はない。
つまり、そろそろ大通りに着いていてもおかしくはないということ。
なのに何故——
「なのに、どうしてこんな言葉が聞こえるのしら」
シノンには数分前から大声で触れて回っている集団の言葉が何度も耳に入っていた。
「「もうじき夜間となります! 西側の住人の皆様は西側区画にお戻りください! もうじき夜間となります!」」
またも性別も年齢も服装もチグハグな彼らは、この調子であちこちを回り西側の住人を返しているのだろう。
「…………不思議ね」
本当に不思議だ。
西側へお戻りください、ということはまるでここが西側じゃないみたいなんだから。
そう零してシノンは隣のリベスへ視線を向けた。リベスは僅かに口角を引き上げると、
「シノンが言うならそうなんだろう。不思議だ」
と頷いた。
「えぇ!? その、リベスも……帰り道が分からないって、こと……?」
段々と弱気になるシノンにリベスが慌てる。
「帰り道は分かる! 分かるから安心してくれ」
「それなら――」
何も不思議じゃない、とシノンの無慈悲な発言をリベスが聞くことはなかった。
「それに――むしろこの道が当たっていたらしい」
当たっていた、それで脳裏に浮かぶのはアスターだ。
もはやシノンは先ほど言いかけた言葉など吹き飛んでいた。
「人込み、特にあの呼びかけで聞き取りにくいが……微かにアスターの声が聞こえる」
近くにアスターがいる。リベスはそう続けた。
リベスは人工生物だ。かのシリーズがどれほど精巧に人を模していても、兵器として作られた彼らは到底人間が到達することのできない身体能力を誇る。
腕力、俊敏さ、鉄の様と評される強靭さ、視力、嗅覚、そして聴覚。本来ならば人を狩るために高められたその力が、人間の耳には纏めて雑踏と処理される微小な音を拾ったのだ。
「案内してくれる?」
「こっちだ」
リベスは歩きながら、音で拾ったアスターの情報をポツポツと教えてくれる。
「アスターはどうやら、誰かと話をしているみたいだ」
リベスが耳に神経を集中させると、アスターの声が微かに聞こえた。そして彼の声が途絶えると1人の女性の声が聞こえる。
女性の声が途絶えるとアスターの声が再び聞こえるので、彼らが会話をしていることは明白だった。
「良かった……それならまだトラブルにはなっていなさそうね」
シノンがそう言うとリベスは微妙そうに視線を彷徨わせた。
「いや、向こうの雰囲気はなにやら言い争っているようだが」
遅かったか……。
いえ、まだ誘拐には至ってないのだから、事件を未然に防げる。それだけでも良かった。良かったのよ。
「それじゃあ私たちはその言い争いを、事を荒立てないように、穏便に、解決しに行くわよ」
「ああ」
今度こそ、問題を起こすものですか。私はこの指名手配犯に優しい国、犯罪者の天国で一生平穏に暮らすんだ。
リベスも心なしかやる気に満ち溢れている気がする。私の平穏を求める熱い心が伝わったのかもしれない。
そうしてシノン達はアスターのいる路地に踏み込んだ。
そこでシノンの目に映ったものは、白いローブをシノンに預け、内側に着込んでいた黒い服装が顕になったアスターだ。
傷一つない白磁の肌に、風にさらさらとそよぐ艶のある黒髪。快活な印象を受ける彼の容貌は、浮かべる柔和な笑みで通りの人々が一人残らず振り返るほどの美貌へと昇華していた。
そこから醸し出される気品は、彼がどこかの国の王子と言っても誰も違和感を覚えないだろう。シノンでさえ普段の素行を忘れて思わず見惚れてしまうくらいだ。
だがシノン視線はその先で縫い付けられたように動かない。
到底、動かすことなどできなかった。
そのアスターの微笑みの前には1人の女性。
その女性はシノンがまだ逃亡を開始する前、髪を切る前の姿に酷似していた。
輝かんばかりのプラチナブロンドの髪は緩くウェーブがかかり、やや吊り上がった眦は利発な印象を与える。
ただ1つ相違点を上げるとするならば瞳の色だろうか。彼女の瞳はアメジストではなく、澄んだエメラルドなのだ。
アスターは白魚のように白く華奢な彼女の手を取り、蕩ける声で囁く。薄い桜色の唇に否応なしに視線が集まる。
「僕は君より金髪が似合う人を見たことがないんだ」
その言葉に周囲がどっと騒めく。歓声さえも飛び交っている。
その中でリベスだけは、『僕』……?、と首を傾げていたが。
「…………私、の……」
シノンが声を震わせる。これは今まで自分の容姿を好いていてくれたアスターが、あっさり他の人物に惚れたことに対する嫉妬の震えではない。
怒りだ。絶対にあの軽薄なる男を許してなるものかという、烈火に匹敵する激しい怒りである。
それを十全に伝えてやるために拳を固く、硬く、握りしめる。彼女と同じ白魚の手が、貧血で蒼白に染まるくらいに。
「私の……?」
シノンを振り返るアスター。
アスターの黒曜石の両目がシノンを捉えた。
狙うは左頬——
「私のお母様にナンパするんじゃない!!!!!」
渾身の叫びとともに渾身の右ストレートを叩き込む。シノンの一撃は吸い込まれるように、アスターの傷一つない白磁の左頬に当たり、そこに確かに赤い擦り傷を作った。
「シ、シノンのお母様!?」
左頬を摩るアスターの何とも情けない叫びが路地をこだました。




