素晴らしき再会
「ラムリ、この方々に街を案内して差し上げなさい」
ラムリと呼ばれた少女はシノン達の前に進み出た。乱れなく整った紺の髪と、病的なまでに白い肌が人形のような印象を与える。
「では皆さん、私について来て下さい」
ラムリはニコリと笑うと身を翻した。そしてシノンは彼女に連れられて、あっさりと『幸せの国』へ入場したのだった。
初めにシノンを茫然とさせたのは人の多さだ。ここで生活することは考えられていないと言うような過密。アルシネゴ王国の王都でもこんな光景にはならないだろう。その程度はシノンに前世のネズミの王国風テーマパークを思い出させたほどである。
しかしラムリは慣れているようで、するするとその人混みの中を進んだ。たった数十秒で彼女は雑踏の遥か先だ。
「ちょっと待って!」
シノンは人混みをかき分けて立ち止まるラムリを追いかける。
「この国って、どこもこうなの?」
表情に若干の疲労を浮かべてシノンは見渡した。溢れ返る、という言葉が正しい程の人、人。人の群れである。
「この辺りが特にひどいだけですよ。この道が国一番の大通りなので。このまま進むと段々と閑散としていきます」
彼女の言う通り、この道を挟むようにして背の高い建物が立ち並んでいる。最上階は見上げるほど高く、5、6階はありそうだ。これほど高い建物はアルシネゴの王都にもないだろう。
この光景にはアスターも物珍しいのか辺りを見回していた。
「一人くらいいなくなってもバレないんじゃないかな…」
「やめなさい」
そういう訳じゃなかった。
ラムリの言葉通り程なくして人はまばらになった。
木桶を持って水を運ぶ人、籠一杯の果物を運ぶ人。行き交う人々はそのぐらいである。
案内とは言っていたが、この先に何があるのか。閑散とした通路の先には何もないようにシノンは思えた。
……もしかして騙された? 私たちは指名手配犯だからこのまま人気のないところで捕らえて、王国に引き渡す気なのかもしれない。
「あのー……ラムリ? 参考までにどこへ向かっているか教えてほしいのだけど」
シノンの質問に、ラムリは目的地を言っていなかったことをようやく思い至ったようだった。そして彼女は驚くほどに簡潔に、勘違いも許さないほどに明瞭に答えた。
「皆さんの家です」
「…………?」
彼女は何を言ったのか。3人で顔を見合わせた。それをシノンたちが理解するには一定の時間を要したのだ。そしてもう一度ラムリへ向き直るや否や叫んだ。
「「家!!??」」
「なるほど、そういうこともあるのか…」
「普通はないからね?」
アスターの訂正に頷きつつもラムリは説明を続ける。
「他の国がどのようなのかは分からないけれど、この『幸せの国』ではこの地を訪れた人全員に不足なく家を準備することになっています」
「全員にって……それ本当!?」
信じられない言葉にシノンは思わず聞き返した。だが帰ってきた返事は、ええ、という短いものだった。
「おかげで時間も場所も足りなくて大変なんです」
「通りで背の高い建物が多いわけね」
「着きました」
ラムリが指し示した先にはこじんまりとした一軒家があった。戸を押し開くとシノンたちを室内に案内する。
「どうぞ」
それから、てきぱきと無駄なく説明を熟していくラムリはどことなく慣れを感じさせた。
「――以上です。何か質問は?」
「いいえ、何もないわ」
「そうですか。では改めて――『幸せの国』へようこそ。皆さんの元へも素晴らしき再会が訪れることをお祈りしています」
地上よりも幾許か彩度の低い陽光に照らされながら、お手本のように笑みを見せる彼女はやはり人形を彷彿とさせた。
あ、そういえば、とシノン一行を残して立ち去ろうとしていたラムリは足を止めた。
「昨日もアルシネゴから国境を越えて来た方がいました。その方々には隣の家を案内しましたから後で挨拶に行ってみるのもいいかもしれません」
そう言い残して、幼すぎる案内人は門へと引き返してしまった。
ラムリの話によれば……この国では全てが配給制。労働も所定の場所で働く必要がある。食事も家屋も労働者には保障されるようね。とりあえず今日の食事は何もしなくてももらえるようだけど。
指名手配犯にこの扱い…………!
「待遇が! 良すぎるわ!」
「こんなことをして国庫が持つのかしら……? いえ私が死ぬまで持ってくれたならそれで良いのだけど!」
「うわぁ、もうこの国で骨を埋めるつもりだこの子……」
舞い上がるシノンに引き気味の反応を示すのはアスターだ。
「ベッドがここにもあるのか! しかも3台も!! 僕はベッド大好きだ…!」
その隣ではリベスがスプリングの具合を確かめて……興味津々に布団を連打している。
「家の中にベッドは普通あるんだよ」
「そうだったのか…! じゃあ家も好きだ」
「シノンー、とんでもない勢いでリベスが引きこもりになりそう」
その呆れ声は誰にも聞こえてはいなく、アスターはため息を零すしかなかった。
「まぁいいや、俺は先に散策にでも行こう」
窓からするりと飛び出して行ったアスター。それからシノンとリベスがアスターの不在に気づいたのはしばらく経ってからだった。
「あれ、アスターは?」
「そういえばいないな……変なことをしてないといいが」
兎を連れて帰ってきたり、血塗れになっていたり……シノンの脳裏には次々とアスターの奇行の数々が浮かび上がる。分かれると碌なことにならない男、それがアスターだった。
「……!! すぐに探しに行きましょう!」
「ああ」
シノンが玄関のドアを開け放ったその時、隣の家のドアも同じようにして開かれた。
シノンと隣家から出てきた男は、何気なく顔を合わせる。そしてお互いに目を逸らすことなどできなくなった。
先日アルシネゴから国境を越えてやって来たという、その男は――
「ジェラルド殿下!!」
「シノン・シエスタ!?」
サファイアブルーの瞳に輝かんばかりの王家の銀髪。次代の国王として王宮にいるはずの凛々しい容貌が、信じられないことに、この『幸せの国』でシノンと相対していた。




