墓地にて
「『幸せの国』へようこそ。ここは誰もが幸せに暮らすことができる地。訪れた人は皆決まってこう言います、「天国、あるいは天国に最も近い場所」と」
不法入国したはずのシノン一行に投げかけられた言葉は、非難や罵倒ではなく歓迎だった。
時は数刻前に遡る。
翼のはためき一つで地面の灰が舞った。そして確かな振動を受けてシノンたちは地面に着地した。
竜の背から、いの一番に飛び降りるアスターとそれに続くリベス。最後に不格好に滑り落ちるシノンをアスターが受け止めた。
「カメリア、貴方は図書館に戻るの?」
「ああ、私はあの図書館と運命を共にするさ」
竜は笑いながら答える。
図書館は今回の件で大破した。静かに朽ちてゆくはずの残りの時間が大幅に縮まったのは間違いがなかった。
……この老竜も共に静かに朽ちてゆくのだろうか?人工生物に寿命はない。人工生物であるカメリアはリスラが図書館を訪れることができなくなっても、あの図書館の朽ちる様を見届けることはできるだろうが一緒に死んでやることはできないだろうに。
「随分と悲しげな顔をしているな。それほど私との別れが惜しいようだ」
「…少しね」
「フフッ、お前たちとの旅は魅力的だが私はやりたいことが漸く見つかったからな、謹んで辞退させてもらうよ」
茶目っ気のある台詞を放って、竜はシノンに顔を近づけた。
「やりたいこと?」
「なに、私は人工生物として、今までと変わらないことをしたい、と思っただけさ。500年生きてきてこんな簡単なことに気づくなんてな」
長生きはしてみるものだ、本当に。竜は遠い目をしてしみじみと呟いた。
「お前たちにもあるんだろう?」
竜が質問を投げかけたのはシノンの後ろで佇む2人の人工生物だった。
「ああ。僕も漸く見つけたんだ、生きていたいと思える理由を」
それを語るリベスの表情は幸せそうで、イズール村での不愛想な彼とは大違いだ。心なしか口数も増えている気がする。
確か青の怪物を沈めた昨日まではいつものちょっと残念なリベスだったはずだ。つまり、私が寝ている間に一体何が…。
「そのきっかけをくれたことには感謝しているんだ。ありがとう」
そう言ってリベスは頭を下げた。
カメリアがそのきっかけになったということ?
「リベス、何か変わった?」
結局シノンは単刀直入に聞いてみることにしたのだ。
「そんなに変わっているように見えるのか?」
驚いて聞き返すリベス。本人は自覚がなかったらしい。
「ええ、何というか、今までと比べると恋する乙女って感じよ」
「恋する…?」
「乙女…?こいつが…?」
驚いて慌てふためくリベス。まるで彼の聞いてはいけないことを聞き出しているようだ。
対するアスターは乙女の部分で引っかかって、リベスを訝しげに見ていた。
「恋しているように見える、のか……」
俯いて呟くさまは以前のリベスらしさがあった。だが恥ずかしそうに顔を赤くする彼は以前よりもずっと表情豊かで思わず目を奪われてしまうほどだ。
私には前世がある。このシノン・シエスタは見た目通りのうら若き生娘ではないのだ。その私に恋心を隠すだなんて100年早いわ!
完全な興味本位で、シノンはリベスの変化を考察してみる。
きっかけはカメリア。ということは、私が寝ている間にカメリアと何かがあったということ。
「リベス、カメリアに何を言われ――」
たの?と続く言葉はリベスによって遮られた。
「生まれて初めて、好きになったんだ」
「え?」
シノンは混乱に頭が真白くなった。だが分からないわけではない。
つまり、どういうことかというと、そういうことなのか。
いきなりの告白に面食らってしまったが、納得はできるのだ。その前にカメリアはやりたいことがあると言っていた。そしてリベスも。さらに先ほどの「生まれて初めて、好きになったんだ」という言葉。これはカメリアにリベスがそう言われたということではないか!
しかもこの様子を見るにリベスも満更ではなさそうだ。
まとめると、私が眠っている間にリベスとカメリアは両思いになっていた!、ということ。シノンはそう結論づけた。
シノンが自分が出した結論に満足していると、さっきからこちらの様子を酷く気にしているリベスがおずおずと切り出した。
「その……あんたに言う気はなかったんだ」
そうだろう。同じ人工生物ではあるが彼は竜型でありリベスは人型。奇異の目で見られることは請け合いだったはずだ。
「迷惑になると思って」
それに私の逃亡生活に付き合うとなればカメリアと別れなければならない。アスターよりもそれなりに真っ当な感性持っているリベスは、知られれば余計な気遣いをされると思ったのかもしれない。
「…笑わないのか?」
返事を返さないシノンにリベスが心配と期待を織り交ぜた顔で問いかける。
「笑わないわよ。……きっと大変な道のりになるわね」
姿かたちの問題を乗り越えた後に、カメリアとリベスにはリスラが控えているのだ。彼女もカメリアのことを好いている。それもリベスよりも、ずっと昔から。彼女と一体どんな折り合いをつけるのか。
「そうだろうな」
リベスも顔を上げて、遠くを眺めた。その視線の先にあるのは今朝まで雨を凌いでいたあの図書館だ。
「でも、諦められない僕を許してほしい」
「それを許すのは私じゃないでしょう?」
何を可笑しなことを言っているのだろう。リベスが許しを求めるべきは私ではなくて、どちらかというとカメリアかリスラだ。
それを失念していたことに気づいたのか、リベスは気恥ずかしそうに笑った。
「そうだったな」
「もしこの大変な道のり先で……もう一度、あんたにこの話をすることを………………」
そしてリベスは言葉を探すように押し黙った。
暖かい春の風が吹く。灰が舞い上がって霞んだ青空に消える。リベスの重い前髪は押し上げられて髪と同じアイスグリーンの瞳が見えた。目が合うと彼は顔を綻ばせた。
「もう一度、あんたにこの話をしたい。勿論、待っていてくれとは言わない。…でも頭の片隅にでも置いてくれたなら、嬉しい。それだけだ」
…要するにこれから、リベスからカメリアに告白をするのだろう。そしてそれが成功した暁には、カメリアと結婚報告のようなものをしてくれるのだろうか。
「……それを本人の前で言うの?」
それを当事者である竜の前で言っているのだ。リベスの行動は大分大胆であると言えるだろう。
「――!!僕だって意気地がないと思っているんだ、やっぱり全て忘れてくれ!」
シノンに指摘されてようやくその事実に気づいたリベスはそう早口でまくし立てた。しかしシノンはリベスに笑いかける。
「覚えておくわよ。大分遠い日のことになりそうだけれどね」
それが羞恥だったのか照れだったのかシノンには分からないことだったが、耳まで赤くなったリベスはシノンを急かした。
「早く行こう、いつまでもここに屯っている訳にはいかないんだろう」
3人は竜との別れも早々に、灰の降り積もる道を歩き始めた。そうして、話は冒頭へと戻る。




