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閑話 1番 中

「やりぃ、俺は帰るぜ!ニム!」


「ニナ、待って下さい!ヤムナも帰ります!」


 そう言って謁見の間を飛び出した先にいたのは、奇妙な見た目の変人だった。

 高身長の部類に入るはずのニナを凌ぐ伸長。軍服を着崩して上から白いケープを羽織っている。癖のある黒髪を無造作に伸ばして、その厚い前髪の中から黒く染まった目に浮かぶ、淀んだ赤の瞳と金の瞳がニナとヤムナを捉えていた。それでも損なわれない彼の美貌が余計に不気味さを感じさせる。


「やあ」


 気さくに挨拶をする彼に、謁見の間の方から声が聞こえた。


「………………1番」


 ニムに1番と呼ばれた彼は笑みを深めた。小さな宝石たちが擦れ合ってシャラリという音がする。彼の頬にはいくつもの宝石が縫い付けられていた。それが、彼が動く度に高く澄んだ音を発するのだ。


 ヤムナはそれを見て、不気味だ、と思った。


 ニナはそれを見て、お洒落さんか、と思った。


「そう、ボクは1番だよ…♡。初めまして867番」


 背の低いヤムナを覗き込んで1番はそう言った。

 ヤムナの耳元でシャラシャラと鳴る宝石、背筋が震えそうになる声、金の左目を閉じて濁った赤の瞳に迫られて、ヤムナは恐ろしさに冷や汗を垂らした。


「…867番、じゃないです。ヤムナと呼んでください」


 震えた声で否定することだけがヤムナにできる精一杯の抵抗だった。

 だがそれでもあの昏い赤い瞳に飲み込まれそうになる。目を逸らしたいが、逸らせない。目を逸らそうとする意志を、ヤムナの小動物的な本能が妨げていた。決して目を逸らしてはならないと。同じアルシネゴ第二軍の仲間だというのに可笑しな話だ。彼からまるでこの獲物をどうやっていたぶってくれようかなどという捕食者の視線を感じるのだから。

 だから彼が自発的に目を逸らしてくれることを願った。


 彼は緩慢に、何かを思い出したように頷いた。


「アァ、君たちはそうだったね。マア覚えていたらそう呼んでみるよ」


 獰猛な瞳が細められる。ヤムナはこの数秒を酷く長い時間に感じた。


「無視すんなよ。俺とも初めましてだろーが」


 1番とヤムナだけの空間に割り込んできたニナの声。その声に酷く救われた。

 赤い瞳がすっとヤムナを離れてニナを見据える。ヤムナは大きく息を吐き出した。自分でも気づかないうちに息を止めていたようだ。

 1番は、ほんの一瞬だけ憑き物が落ちたようにキョトンとした顔でニナを見た。


「エット……君とは以前会ったことがあると思うけど…?」


「ニナ、俺たちは1番とチームを組んでいたことがあっただろう」


 ニナの馬鹿に呆れたように補足を入れるニムは、けれども油断を見せない。ヤムナを守るように1番の間に立ち塞がる。


「からかいに来たのならさっさと帰れ」


「まさか、ボクも呼ばれたんだよ。そこの国王陛下に」


 そう言って1番はジェードを指さして見せた。


「ジェード様がお前を…?」


 一体どういうことだ。

 ニムはジェードの思惑を考察する。

 いや、ジェード様は帰ろうとするニナとヤムナに頷いた。同じ任務に就く物覚えのいい者にだけ伝えても結果は変わらないと。それはつまりニナとヤムナに新たな誰かが加わってシノン嬢捜索の任務を継続するということ。

 そしてこの状況を鑑みればその誰かは明確だ。


「お前がニナとヤムナと、シノン嬢捜索の任務を受けたのか」


「そうだよ。とは言ってもまだ任命されたわけじゃないけどね。今回の呼び出しがそうなんじゃないかな?」


 最悪だ。ニムはそう頭の中で吐き捨てる。1番もジェードもいる場で声に出すことなどできるわけがないが。

 ニムは彼に対して良い思い出がなかった。彼と同じ部隊にいた短い期間で、ニムは大いに彼に振り回されてきた。彼の専横は命令無視、独断専行、果ては利敵行為にまで及ぶ。軍服ですらまとも着こなせないような奴だ。それでも彼が重い処分を受けることがなかったのは、稀有な戦闘能力のためだ。

 アルシネゴ第二軍最強の男、それが1番なのだ。


 馬鹿のヤムナ、大馬鹿のニナ、自分勝手の1番。こんな部隊など崩壊は秒読みではないか。ニムはますますジェードの考えが理解できなかった。


「君たちはもう帰るのかい?」


 その甘ったるさを感じる声も、動く度に澄んだ音を鳴らす頬の宝石も、整えられていない前髪から覗く狂気的な瞳も、ニムは苦手だった。

 だがニナがそんなことを気にする訳もなく、


「そうだぜ!次の任務からよろしくなぁ!俺たちの足を引っ張るなよ!」


 そう言って快活に笑った。


「うん、よろしく。ボクも次の任務がとても楽しみだよ♡」


 通り過ぎるニナとそれを盾にするように続くヤムナを尻目に、1番は鋭く尖った犬歯を剥き出して笑った。

 滅茶苦茶にしがいがありそうだ、と。




 ――そう思っていた時期がボクにもありました。

 



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