閑話 1番 上
シノンたちが空路を進み、国外逃亡を成し遂げた一方で、ニム、ニナ、ヤムナの3人は未だイズール村にいた。
「プラチナブロンドの髪に、紫の瞳の女性に心当たりはないか。やけに顔の整った黒髪赤目の男でもいい」
「……さぁ、知らないな」
最近イズール村で話題の兎耳看板少女も首を横に振った。
「全然情報集まらないじゃねぇか、俺もう人探しなんてやりたくねー」
「ヤムナも、もう帰りたいですー」
彼らは聞き込みの最中だった。現在は日が高く上り切った昼。そのため早朝から聞き込みを始めていたニナとヤムナは疲れ切っていた。
「もうどれだけ聞き込みをしても新しい情報なんてありませんよ。諦めて任務失敗の報告をしましょう、きっとJ君も許してくれますよ」
「そう言うな。この件に関しては失敗の報告をしないという話でまとまっただろう?探し続ければきっと見つかるはず――」
ニムの言葉はそこで遮られた。彼の脳内に直接強いノイズが響き渡ったのだ。ここにシノンがいればテレビの砂嵐とでも言うような不快で耐え難い雑音が頭に満ち溢れて、ニムは思わず頭を抑えた。ニナとヤムナに至っては耳を塞いでしゃがみこんでいる。往来の激しい通りの中で急に座り込む2人に、住民たちはぎょっとしていた。
「うるせぇし痛ぇし、あいつわざとやってるだろ!」
ノイズに頭を侵されニナの恨み言もどこか遠くに聞こえる。
『26番、27番、867番。ジェード陛下より帰投命令が発令された。直ちに王都に帰還せよ』
頭に直接響く幼い少女の声。
「なっ……」
アルシネゴ第2軍に所属する限り、この頭を割るようなノイズと高圧的な幼女の命令と縁が切れることはない。彼女は866番、このように離れた場所にいる人物と会話を可能にする能力を保持している。所謂アルシネゴ第2軍の連絡手だ。
だからこそニムの驚きは彼女の声が聞こえたことではなかった。
「どうして俺たちに帰投命令が出た。任務は順調、今俺たちが引き返せばこれまでの成果が無駄になる可能性がある」
『知るか、いいから戻って来い。以上だ』
ブチッという何かが切れたような音がして、魔法によって無理矢理繋がれていた接続が一方的に切断された。煩わしいノイズが消え失せ、ニナとヤムナは清々しい心持ちだ。
「あー、やっと終わった」
「これがあるから長期任務は嫌いなのに……」
だがニムはニナとヤムナのように晴れやかな顔にはなれない。
「ニナ、ヤムナ、帰投準備だ。準備ができ次第、王都に帰還する」
シノン嬢の保護という任務を達成できなかった俺たちに一体どんな罰が下るのか。行きたくないというのが本音だが、命令は何を差し置いても従わなくてはならない。
例えどれだけ重い罰が下ろうとも、3人で共にいられるように……。
「ニム、ニナ、ヤムナ。只今帰還しました」
アルシネゴ王国の大きく重厚な扉を開けニムは跪く。後ろに続くニナとヤムナもそれに倣った。高級な赤い絨毯が優しく彼らの膝を優しく包んでいた。
「おいヤムナ!これめちゃくちゃふかふかだぞ」
「ですよねぇー、最高に富と権力って感じがします!」
ニナとヤムナはニムの背後で下らない話をコソコソと駄弁っている。
「お前らは1回黙ってろ…!!」
ニムが振り返って睨みつけると、2人とも蛇に睨まれた蛙のように慌てて背筋を伸ばした。
「それで、どういったご用件でしょう、国王陛下」
静かになった室内でニムは玉座に座るジェードを見上げた。
高い位置にある窓から昼の陽が差し込んで、彼の長い銀髪は銀糸のように輝いている。
アルシネゴ王国の歴史ある謁見の間は、そこに座る王がクーデターでその地位を得ていたとしても気高く、荘厳な雰囲気をもたらしてくれるようだった。
「まず、よく戻って来てくれました。次の任務までは時間があるので、営舎ではゆっくり休みなさい」
ジェードは人好きのする笑みを浮かべてニムたちを労った。
その表情を見て、ニムはほっと息を吐く。ジェード陛下はどうやらシノン嬢を諦めたようだ。俺たちへの罰則もない!
全て俺の杞憂だったのだ、と。
「次に、ニム班を解散します」
ジェードが笑顔をそのままに、淡々と続けた。一瞬、彼が何を言っているのかニムは理解できなかった。
「な、なぜですか!任務は順調でした!我々にもう少しの時間を与えて下されば、必ずシノン嬢を保護してみせます!」
「君たちでは時間がかかるでしょう。私はあまり待てませんから」
「そんな――」
「ニム、君にはニナ、ヤムナとは別の任務に就いてもらいます。ニナとヤムナは引き続きシノン嬢の捜索を」
「お待ち下さい!」
止めなくてはならない、それだけは。ニナ、ヤムナだけで任務をこなすことなどできないのだ。
俺がいないくて一体誰があの馬鹿共の面倒を見るというのか。誰もいないならきっとどこかで無駄死にをするに違いない。
「ジェード様もご存じ通り、こいつらは度を超えた馬鹿です」
「あ?」
ニナを無視して続ける。
「俺にはこいつらだけで任務を達成できるとは到底思えません」
「安心しなさい。私も思っていません」
由緒ある謁見の間を、微妙な空気が支配した。
「……ヤムナたち、馬鹿にされるために呼び出されたんでしょうか」
「もう帰ろうぜー?」
最早彼らは声を潜めていない。
「ええ、帰りましょう」
そう言ってニナとヤムナは立ち上がる。本来許可なく立ち上がること、そもそも話すことすら不敬であるのに勝手に帰ることなど不敬以上の何かだ。
「帰って良い訳ないだろう」
嗜めるニムに、
「別に構いませんよ」
頷くジェード。
え、帰って良かったのか…?
「ここで話してもニナとヤムナは直ぐに忘れるでしょう。だとしたら同じ任務に就く物覚えのいい者にだけ伝えても、結果は変わりませんから」
「やりぃ、俺は帰るぜ!ニム!」
「ニナ、待って下さい!ヤムナも帰ります!」
「お、おい!」
喜色満面で謁見の間を飛び出していく2人。
だが重々しい扉を開けたところでその軽い足取りは止まった。それは今になって新国王に重ね続けた不敬の数々が申し訳なくなったからではない。
ただ、目の前に人がいたのだ。それもとても奇妙な見た目の。
そもそも頭髪の右半分が薄桃色で左半分が銀色、瞳の色も右がエメラルドで左が黒という、あまりにもおかしい顔をしているニナでさえそう思うのだ。目の前の男の異常さは計り知れなかった。
「やあ」
地の底から這い上がって自身に絡みつくような、そんな錯覚を覚えるほどの声。たった2音の言葉を聞いただけで、ニムの身体を寒気が駆け巡った。
顔を見ずとも、声だけで分かる。この声をニムは聞いたことがあった。
「………………1番」
呆然と呟いた1言に男は、1番は笑みを深めた。




