The Road To Heaven
以前よりも開放的になってしまった図書館に戻ると、アスター、竜、リスラの面々が何やら作業をしていた。より詳細に描写するならば、竜がしている作業をその他が見守っていたというのが正しい。シノンは風邪と疲労が遂に限界に達したのか眠っている。アスターの方は1日安静にしていたおかげで快癒したようだった。彼らはどうやら熱中しているようで入口近くのリベスに全く気付いていない。
「君の爪先ってこんなこともできたんだ。案外器用なんだね」
「お前たちにはすまないことをした。私にはこんな償いしかできないのでね、そう言ってもらえると気が楽になるよ」
竜の手元を覗き込むアスターは感心した様子だ。そして竜はなぜだかとてもアスターに申し訳なくしている。
「気にしないで。俺はどうも思ってないから!」
万人を一目ぼれさせるような爽やかな笑みでアスターはそう言い放った。これは本当に気にしていなさそうだ。
「却って私たちが気を使われてしまいましたね……」
盲目のリスラが悲しそうに微笑んだ。勿論リベスに体験はないが、まるで葬式の雰囲気だ。
竜は大破した壁の大穴から上半身を突き出して、壁から崩れ落ちた石のブロックに爪で何やら刻んでいる。それをアスター、リスラが床に膝をついて囲んでいた。
ふと竜が手を止めた。
ようやく気付いたか、とそうは思うもののリベスは無意識に身を固くしていた。シノンとあんな言い合いをした後で、いったいどんな顔をしてこれからの旅に同行すればいいのか。
だがそんな心配は杞憂に終わった。
竜が手を止めたのはリベスの存在に気付いたわけではなく、手元の何かしらが完成したことを示していただけだったのだ。竜はその角ばった石を持ち上げて床に立たせて見せる。
おお、と感嘆の呟きが漏れるそれをリベスも2人の間からそっと覗き見る。
そこにはリベスの名前があった。
……なんだこれは。だが不思議と見覚えがある。
眉を寄せて記憶を探っているリベスを置いて、話は更に進む。
「結構上手くできてるね。でも『リベス』だけじゃ味気ないなぁ」
「それなら他に称号などの文字を彫ってみるとか、模様を彫るというのはどうでしょう?」
「いいね。じゃあ空いてる場所に俺の偉大さを書いといて」
「分かった。とりあえず『アスターの偉大さ』と書き足しておこう」
「なんか思ってたのと違うけどまぁいいや」
「『ここに眠る』って言葉もやっぱり入れたいですよね」
「王道だよね。それから『青の怪物』も――」
その後も彼らのやや楽し気な談義は続き、結局彼らに声を掛けられなかったリベスは堂々と屹立する石碑を見やる。既視感はとうにない。その石碑は周囲に彫られた椿の彫刻の中心に文字が彫られていた。
流麗な文字で『青の怪物、リベス、ここに眠る。アスターの偉大さ』と。
……なんだこれは!?僕の功績が全部アスターに持っていかれているじゃないか!それに僕はまだ眠っていない!
もともとはリベスのための石碑という感を醸し出していたのに、最終的にはアスターの偉大さを知らしめるための、青の怪物のおまけで書かれているような扱いを受けていることに納得がいかない。
しかし当の本人たちはこの石碑を作り上げて満足気だ。
「ものづくりというものは初めてだったが、楽しいものだね」
しみじみと呟くのは竜。
「これでリベスさんも安らかに眠ってくれるでしょうか……?」
と、リスラ。
「後はこれを湖の前ら辺に埋めるだけだね!シノンが起きたら早速埋めに行こう」
一仕事終えた雰囲気を漂わせて腕を伸ばすのはアスターだ。
「リベスの墓標の――完成だ!」
「墓だったのか、これ」
全くそうは見えないが。
思わず呟いてしまった言葉に反応して、シノンを除く全員がリベスを振り返った。確かにリベスを確認した2人と1体はそのありえない出来事に呆然とした。
「リベスさん、ですか……?」
ありえない、と頭では理解していながらそう聞いてしまうリスラを、アスターは首を振って否定する。
「そんなわけないよ。だってリベスはもう――」
「死んでないからな!?一体シノンはどんな説明をしたんだ…」
リベスの困惑に答えたのは竜だった。
「お前を助けるために湖へ向かったシノンが1人で戻って来て、リベスはもう戻って来ないかもしれないと言っていたんだ。だから私はもう……。いや、とにかく無事でよかった」
彼は感無量という様子だった。リスラを生き延びさせるために、人に頼んだせいで他人が犠牲になったのだ。それまでの彼の心中は穏やかならないものだっただろう。
「色々と伝わり方が悪かったのは分かった。だがこの通り僕は死んでない。余計な心配をかけてすまない。……それから迷惑も」
あの時死ななくて良かったと心から思う。僕には僕の死を悼んでくれる人がいたのだから。…ふざけた墓標ではあるが。
きっとこの出会いはシノンがもたらしてくれたものだ。僕を家族だと言ってくれる人も、全て。シノンと出会ってから始まったこと。
それなら僕はこれからもシノンの旅に付き添おう。この身を尽くしてシノンを護ろう。
あの水底に天国はなかったのだ。
僕はこの道を進む。それが僕の決めた、天国へ至る道だから。
シノンは起きる気配すらない。あの惹きつける瞳はしっかりと閉じられたままだ。
……好きだ、なんて言っても困らせてしまうだけだろうな。
アイスグリーンの優しげな瞳が、朝焼けに照らし出される賑やかな図書館の中で、瞬きを繰り返していた。




