シナリオの外へ
先行して室内に入った4人の衛兵に護られる様に、長身の男が1人、堂々と部屋に入った。男は、あちらこちらに金の刺繍が施された豪華な服で着飾っていて、高貴な身分である事を思わせる。
「シノン・シエスタ、お前を王太子妃の名誉を辱めた罪で死罪に処す」
「ジェラルド殿下…」
彼はこのゲームのメインキャラクター、つまり、主人公の主要な攻略対象だったはずだ。主人公は王太子妃エンドを選んだ様だった。
主人公がどのエンドを選んだところで、私が処刑されるのは変わらないんだけどね…。
シノンにはどうでもいい話である。
「大広間にて処刑は行われる。来い。ところで、お前の隣に居る男は誰だ?」
シノンに短く要件を伝えたジェラルドは、カレシに怪訝な目を向けた。
「お前こそ一体誰なの?勝手に女の子の部屋に入って、いきなり名前を聞くなんて礼儀知らずも甚だしいよ。せめて自分も名乗るべきじゃない?」
「そうか、それは済まなかった。まだ俺の名を知らぬやつがこの国に居るとは思わなくてな。俺はジェラルド。この国の第1王子だ」
ジェラルドは王族の象徴である、サファイアブルーの瞳を持ち、癖のない真っ直ぐな銀髪は短く切り揃えられていた。
「へぇ、お前がこの国の王子様か。随分と傲慢な話し方だね。シノンみたい」
「はぁっ!?」
「そこの女と一緒にするな」
シノンは思わず声を上げ、ジェラルドはシノンと同列にされた事に抗議した。
「俺は今日からカレシ。短い間だけど、宜しくねー」
「…彼氏?シノンのか?」
「所有物みたいな言い方は好きじゃないけど、そう言うならそうだね」
何だろう…何か大きな勘違いを生んでいる気がする。シノンは嫌な予感がした。
「シノンはお前に懸想していたのか」
「それはどうかな…。俺は好きだけど─────むぐっ、何するの!?シノン!」
ここに来て、ようやくシノンはこの違和感の理由に気づいた。ジェラルドに勘違いされているのだ。先程つけた、カレシという名前と、彼氏とを。
それに気づいたシノンは慌ててカレシの口を塞いだ。
「ジェラルド殿下、この者は私の彼氏などではありません!」
「え?でもさっきカレシだって──」
「貴方はもう黙っていて!」
「………ハイ」
その様子を静観していたジェラルドは、静かに口を開いた。
「まさかお前がそこまでふしだらな女だったとはな…。まあいい、今宵の処刑で全ての罪を償わせてやる。連れて来い」
「シノン嬢ご同行を」
指示を受けた衛兵が、シノンの腕を掴んで連れて行こうとしたが、シノンに触れる前にカレシ…黒髪が突き飛ばした。突き飛ばされた衛兵は勢いよく部屋の壁にぶつかり、派手な衝撃音を鳴らす。
膜を張っていたので、怪我は負っていない様だったが、ぶつかった方の壁には大きなクレーターが出来ていた。その轟音と共にその他の衛兵が武器を構える。
「シノンは下がって、自分の身を守って」
黒髪はシノンを自分の後ろへ押し退けると、好戦的な笑みを見せた。
「とりあえず、俺はこの建物を粉々にしようと思うんだけど、自分まで粉々になりたくないやつがいたらさっさと逃げた方がいいよ」
「怯むな、詭弁だ。あの男を殺し、さっさとシノンを捕らえろ」
「「「「はっ!」」」」
「随分と勇ましいことだね。さあ、その顔がいつまで持つかな?………で、シノン。今度は何さ?」
後ろに退けたはずのシノンが戻って来ていた。
「私、膜、張れない」
恥ずかしいのか、申し訳ないのか、酷く小声でボソボソと話すシノン。
「バリア?何それ。俺はただ、さっきのアイツみたいにアレ…正式名称何だっけ?あの長いやつ。……………さっきの黄色い膜を張ってくれてればいいから!」
黒髪は投げやりな説明と共に、先程突き飛ばした衛兵を指さす。
「だからそれが張れないの!」
「はぁぁぁ!?何で!?君、人間でしょ?人間はみんな出来るもんだろう!?」
「知らないわよ、そんなの!出来ないんだから仕方ないじゃない!」
黒髪は長いため息を吐くと、黒髪を切りつけようと、剣を下ろした衛兵を蹴り飛ばした。
「あーー、分かった。とりあえず逃げよう!」
「私もそれがいいと思うわ!」
「お願いだからこういうのは早く言ってね…!」
黒髪は握りこんだ右手をわなわなと震えさせていたが、やがてシノンを抱き上げると、自分が破った窓から飛び出した。黒髪は持ち前の運動能力で、道には降りずに屋根を伝って逃げている。
それを部屋で見たジェラルドは、衛兵たちに追わせることを止めた。
「国中に手配書を出せ。何としてでも、シノンとあの黒髪の男を捕らえろ」
一方シノンたちは都の屋根の上を疾走していた。
「それで、とりあえずで逃げた訳だけど、どこに向かえばいいのかな?」
「そうね…都から離れていて、簡単に都の情報すら入らないくらい辺鄙な所なら、どこでもいいわ」
そうして、また黒髪が走ること10数分、シノンが、あ、という声を上げた。
「…………何?シノンちゃん。また何かろくでもない事なんでしょ?」
聞きたくないという風に、黒髪が恐る恐る聞き返す。
「お金、落としたままだったの忘れてた……あとちゃんは付けないで」
「あの部屋に?」
「夕方に貴方と会ったあの路地で。あの時持ってたトランクに、私が持ってるお金が全部入ってたのよ」
「あー…、そういえば持ってたような、持っていなかったような…」
不意に、黒髪は立ち止まった。
「じゃあさっき俺が食べたやつ、もう1回作ってよ」
「さっき食べたやつって?「私」?」
「それ根に持ってるの?そうじゃなくて、ほら、あのパンみたいなやつ」
そこでシノンは、ああミートパイか、と黒髪の要求を理解したのだが理由が分からない。しかし、いいからいいからと黒髪に促され、結局また1つミートパイを作った。それを受け取った黒髪は、それを家の間の暗い路地に投げ捨ててしまった。
「兄弟、それがもっと欲しかったら、夕方に女の子を食おうとした場所に戻って、トランクを見つけて持って来い。俺たちはイズール村に居る」
「ちょっと待って!イズール村って、この国の最東端じゃないの!?っていうか、一体何してるの!?」
「そうだよ?都から遠くて、辺鄙な所でしょ?じゃ、行こうか!」
お金の心配はしなくていいからね!と言うと、シノンの疑問をそのままに、黒髪はシノンを抱え、イズール村へと一直線に走っていってしまった。