青の怪物
時間はリベスが建物を出た時に遡る。
リベスが部屋を出ると、探すまでもなくそれはいた。
ゆっくり、しかし着実に図書館に近づく巨人。竜が言った通りの半透明の青い身体を持った怪物だ。身体の形はリベスの何回りも大きい人間と言って変わりないが、首から先の頭がない。代わりにまるで鋭利な刃物に切り落とされたかのような綺麗な断面があるだけだ。
その怪物はリベスに気づいたのだろう。手に持っていた巨大な鋸を振り下ろした。
リベスにとってはあまりに遅い攻撃。
ひらりと簡単に避けて、掌から伸ばした棒状の黒霧で怪物の腹を貫き反撃する。
怪物の身体からは血の代わりに身体と同じ液体が流れ出た。だが痛がっている素振りはない。怪物は身体を捻ってリベスを見た。この怪物に瞳はないが確かに見られたとリベスは感じていた。
「お前の相手は僕だ!さぁこっちに来い!!」
怪物は耳もないのだ、リベスの声が聞こえているのかは定かではない。だがリベスはそう声をかけ、湖の方向が背になるように位置を整えた。
怪物を湖に追い込むために立てた作戦は至極簡単だ。怪物を攻撃しリベスに注意を向けながら湖に下がっていけばいい。そして湖に着いたら追ってきた怪物をそのなかに蹴り落とすだけだ。
だからこそ怪物の視線を感じて作戦の成功を感じた。
怪物は振り下ろした鋸を地面から引き抜き構え直す。リベスが与えた傷は跡形もなく消えていた。リベスも肌から生じた黒霧が身体を取り囲み臨戦態勢といった姿勢だ。
そこには戦闘前の緊張があった。あったはずだ。
だがそれは突如霧散した。怪物がリベスに背を向けたからだ。怪物の身体の先には図書館があった。リベスが怪物を湖に誘導するためにした移動が徒となったのだ。図書館から怪物までの一直線上に誰もいない。
怪物は再びゆっくりと移動を開始する。もう目と鼻の先の図書館を目指して。
「お前の相手は僕だと言っている!」
リベスは向けられた背に容赦のない一撃を叩き込んだ。巨人の背一杯に一本の巨大な漆黒の棘が刺さる。貫いた直後、棘は霧散してリベスの周囲を浮遊する霧に戻った。
巨人の胸に開いた大穴は外側から徐々に埋まっていき、10秒も経たずに再生した。
やはりどんな致命傷を与えても物理的な攻撃では倒すことはできないようだ。
リベスは現状の厳しさに唇を引き結んだ。
攻撃を与えたところで怪物はもうリベスに注意を向けない。怪物が1歩進むよりも早く、リベスの一方的な攻撃が足を、背を、腕を粉砕する。だが怪物はリベスに反撃することはなかった。右足を微塵にされ膝をついた巨人の身体はまた即座に再生し、再び図書館を目指して歩き始める。
この怪物の目的は図書館にいるリスラなのだ。どんなに傷付けられても数秒で元に戻る能力を持つ怪物にとって、リベスを相手にする理由は初めからなかった。
怪物が巨大な鋸を振り上げる。振り下ろすは壊れかけの図書館――
やってしまった、と思った。そこにはリスラと風邪で寝込んでいるアスター、そしてシノンがいる。
「待て――」
手を伸ばしたところで、その打撃を防ぐ手段がリベスにあるはずもなく、無情にもその巨大な鋸は図書館の壊れかけの屋根を完膚なきまでに破壊する。
その直前、危ない、という声が聞こえた気がした。置物のようにじっとしていた竜が、周囲の壁を壊しながら何かを護るように丸くなったのをリベスは見た。
巨大な瓦礫に撃たれても、竜に目立った怪我はない。その様子にリベスは思わず止めていた息を吐いた。
だが無情にもその竜の脳天を狙って首なしの怪物は再び鋸を振り上げる。
いかに竜が頑丈な鱗を持つといってもその一撃を食らえば無事では済まない。
リベスは即座に縄を作り出した。黒煙が凝縮し、編み込まれて一本の太い縄が生まれる。黒い光沢を放つその縄はまるで自由意志を持っているかのように能動的に怪物に巻き付いた。
リベスはそれを振るう。巨体を持ち上げる両腕の筋肉が悲鳴を上げていた。
「はぁッ……!」
怪物は巻き付いた縄に持ち上げられ、数瞬浮かんだ後、図書館から離れた木に打ちつけられた。リベスは怪物を竜から引き離すことに成功した。さながら鞭の扱いだ。
「このまま、湖に連れて行く…!」
リベスは巻き付いた縄を解かずにそのまま湖を目指す。怪物を引きづるリベスは進む足取りが重い。その重量もさることながら、怪物は巻き付いた縄から抜け出そうと暴れているからだ。
「リベス!」
シノンの自身を呼ぶ声が聞こえてリベスは初めて立ち止まった。振り返ると頬を上気させたシノンがリベスを心配していた。
「心配ない、すぐに終わらせる」
それだけ言うとリベスはまたゆっくりと進み始めた。




