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開戦

「えっと、竜……あっ」


 シノンはうっかり口を滑らせてしまった。


「竜……?」


 リスラは不思議そうにその言葉を繰り返す。


「いえ、違うの!これは…」


 シノンの頭の中は真っ白だ。そんなシノンに助け舟を出したのはリベスだった。


「この音は、まるで竜のように大きなアスターのいびきの音だ。シノンはそう言いたかったんだろう」


「え、ええ。リベスの言う通りよ!」


 シノンは藁にも縋る思いでその言葉に頷く。アスターを見れば、先ほどまで眠っていた彼が目を見開いてリベスを見ていた。

 薄目、などではない。完全に見開かれた瞳が瞬きもせず、ぎょろりとリベスに焦点を合わせたのだ。リスラに起きていることがばれないようにアスターは声を出さずに口だけを動かす。


 オ マ エ ヲ サ キ ニ ミ ズ ウ ミ ニ シ ズ メ テ ヤ ロ ウ カ


『お前を先に湖に沈めてやろうか?』


 その殺気が伝わったのかリベスが小さく肩を震わせた。


「…そうだったのですね!」


 それが分からないリスラだけは納得した顔をしていた。

 竜は音を立てて無理やり図書館に差し込んだ尾を器用に使ってリスラから花束を受けとる。


「どうもありがとう。だがどうしていきなり花束なんて」


「今までの感謝を伝えるなら今しかないと思って。…ほら足音がもうすぐそこまで来てる」


「…!!」


 シノンとリベスの顔つきが真剣なものに変わる。

 地面を踏みつける音が耳を澄まさずとも聞こえる。人間では考えられない程力強い足音だ。この建物のすぐ近くに例の怪物が来ているのだろう。


「リベス」


「行ってくる」


 シノンに軽く頷くとリベスは図書館を出て行った。



「その何かは私を狙っているのでしょう?それでずっとあなたが私を護ってくれていたのでしょう。今まで護ってくれてありがとう」


 竜に語り掛けるリスラが浮かべる微笑は優しさに満ちていた。


「…気づいていたのか」


「ええ、でももう大丈夫。もう十分なの。目は見えなくても貴方が私のために戦ってくれていたこと、それが限界に近いことを知ってるよ。このままあなたが傷ついて、死んでしまうくらいなら、私はこの命を投げ出せる」


 長い年月をかけて固められたリスラの決意はシノンの一朝一夕の言葉など届くはずがないと、そう思わせる重さがあった。


「……そんなことをする必要はない。お前のことは必ず護ってみせる」


「そうよ!貴方が2度と狙われないように、カメリアがもう傷つかないようにリベスが戦っているの。だからきっと大丈夫よ。リスラもリベスを信じて待ちましょう?」


 竜とシノンがリスラを説得するが、彼女は首を縦には振らなかった。


「そんな…!私のせいでリベスさんが危険に晒されているなんて!」


 出口に駆けだそうとするリスラをシノンがその腕を掴んで引き止めていた。


「離してください!」


「いいえ離さないわ」


 図書館の中心でシノンとリスラは押し問答を繰り返す。

 だがその最中、突如轟音がシノンの耳に飛び込んできた。その音の大きさと言ったら竜が尾を図書館にねじ込んだ時の比ではない。

 シノンが悲鳴をあげるより先に、


「危ない!!」


 という竜の鬼気迫った声が聞こえた。視界にはスローモーションのようにゆっくりと崩れ落ちていく瓦礫が映る。だがそれはすぐに黄土色の巨体に遮られた。

 ごつごつとした硬い鱗に包まれる。力強く抱きしめられる若干の痛みも生きている実感に変わり、轟音もどこか遠くのように感じられた。

 やがて音が止み、竜はそっと2人から離れる。


「怪我はないか?」


 心配する竜にリスラがぽつりと呟く。


「…やっぱり人じゃなかったんだ」


 それを聞いた竜はとても苦しそうな顔をしていた。


「ああ、そうだ」


 声音はいつも通りだが顔は段々と沈んでいった。


「私は人工生物。お前の友人を傷つけたものと同じ生き物さ。黙っていてすまなかった。だが丁度良かった、これでお前は心置きなくここから逃げられるだろう。人工生物は見つけ次第抹殺。生きる価値のない私に人間のお前が心を痛める必要はないのだから」


 リスラを逃がそうとする竜に彼女は声を荒げた。


「人工生物だとか関係ない…!例えカメリアが何であろうと、私はあなたが好きだよ!」


 リスラは声を頼りに竜へ駆け寄るとその細長い首に腕を回して抱きしめた。





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