カメリア
「はぁっ……はぁっ」
シノンは肩で息をする。
「やれることはっ、やったわ」
リベスもアスターも疲れきって床に座り込んでいる。正に死屍累々という様子だった。
「後はリスラが来るだけね。リベス、よろしく頼むわ……クシュン」
「ああ」
リベスは固い顔で頷いた。
竜もこれからの起こる戦いに備え、心做しかキリッとした顔をしている。
「手を尽くしてもらったのに、済まないね」
「いいえ、こちらこそごめんなさい…」
シノンは竜から目を逸らした。結局竜は壁から首を抜くことができなかったからだ。その上に全身ローション塗れで、頭に蹴り出そうとしたアスターの足跡がある。
自分せいでより酷い姿になってしまった竜をシノンは直視できなかった。
「気にすることはない。それよりもお前たちはもう休んだ方がいい。あの子が来るまでにまだ時間がある」
「そうするわ……アスターも寝なさい」
シノンは作りたての布団をアスターに投げつける。そしてシノン自身も毛布にくるまった。
静かになった部屋、雨音だけが聞こえるこの空間は寝転ぶと全身が冷たい空気に包まれる。そのため、シノンは猫のように部屋の隅で丸まっていた。
リスラが来るまでに少しは具合が良くなってると、いい、けど……。
瞼は重く、閉じられるとすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
靴が土を踏みしめる音が聞こえる。人は1人、入口の方だ。
間違いなくリスラである。
シノンはそのアメジストの瞳をゆっくりと開いた。
だんだんと意識が覚醒してくると、身体が寒さを思い出す。
部屋の中は大分暗い。昨日と同じ、夕暮れ時だった。
「寒っ」
それでもだるさはある程度取れた。シノンは身体を起こして毛布を片付ける。隣をちらと見ると、アスターがまだ寝息を立てていた。
これは無理に起こさないでそっとしておいた方が良いだろう。
「皆さん、今日もいますか?私です。リスラです」
リスラの声は震えていた。シノンは目の前にいるのに、リスラはその声を聞くまで分からない。
「待ってたわよ」
そのシノンの声を聞いて、リスラは心底安堵したような顔をした。
「ほら、昨日頼まれた花だ」
「ありがとうございます」
リベスは摘んだ花を差し出す。リスラはその花束を丁寧に受け取った。綺麗な赤い椿の花だ。
「あの…私がいない間にカメリアという人が来ませんでしたか?」
「来てないな」
その答えにリスラは酷く落胆したような様子だった。彼女は椿の枝を握りしめる。
「そうですか……」
「そのカメリアって人はどんな人なの?」
「カメリアは私があの子と会えなくなってから、図書館で話すようになったの」
それから、リスラはポツポツと思い出を語りだした。
「――でも最初に会ったのは図書館ではなくて、この近くにある泉。目が見えない私はあの子を探して図書館の周りを歩いていたら、気が付いたら足を踏み外して水の中に落ちてしまったことがあって。しかも泉だと思っていたものは、本当は底なし沼で、藻掻いても藻掻いても自力で外に出ることはできませんでした。でも、その時です。「何をしているんだ!」という大声が聞こえて、誰だろう、と考える暇もなく私は強い力で岸に引き上げられました」
次第にリスラの表情が明るくなる。
「引き上げてくれた彼の腕は何というか…ヌメヌメしていました」
「「ヌメヌメ?」」
リベスとシノンは首をかしげるがリスラの話はお構いなしに進む。
「それからというもの、私は彼と毎日お喋りをする仲になりました。彼はとても物知りで、どこか遠い町の話をしてくれたり、ここにある本を全て読んでくれました」
「でも名前だけは一向に教えてくれなかった。でも私は彼の名前が知りたくて、何回も何回もしつこく聞いたものです。きっと彼はいい迷惑だったでしょうね。そしてついに諦めたのかやっと教えてくれたのよ。カメリア、と」
過去を懐かしむ彼女は小さく思い出し笑いをした。頬は赤く、まるで愛しい人を語っているようだった。
「あの子が来なくなってからも、私が毎日ここに来ようと思えたのはきっとカメリアのおかげ」
リスラは再び花束を握りしめた。包み込んだ手が白く染まっていた。
「だから今日はそのお礼を伝えようと思ったのですが……」
リスラは再び気落ちした表情に戻ってしまった。
リスラは今日もカメリアと言う人物は来ていないと思っているようだが、シノンには心当たりがあった。
もしかして、カメリアって…。
シノンは竜に視線を向ける。
シノンと目が合うと竜はギクッとした顔をしてシノンから目を逸らした。
「カメリアならもう来ているわよ。人が多いから恥ずかしくて出てこれないんじゃないかしら?」
「え?」




