老竜
「うわぁぁぁっ!!」
リベスが図書館を出てから約30分後、シノンとアスター黙々とがトランプ(本)タワーを積み上げていると、叫び声が聞こえた。
リベスの声だ。
それも、すぐそこで。
追手と鉢合わせしたのだろうか。
張り詰めた空気の中、シノンとアスターは顔を見合わせる。
「シノンはここに隠れて、俺が様子を見てくる」
シノンが静かに頷くのを見て、アスターが音もなく立ち上がった。
アスターが図書館を出てからすぐに、また叫び声が聞こえた。
「うわっ、喋った!!」
今度はアスターの声だ。
シャベッタ……喋った…………
喋った??
一体何が?
そこで何が起きているかは分からないけど、もう私が行くしかない。
2人とも無事だといいけど。
アスターとリベスの無事を祈りながら、シノンも図書館を後にした。
図書館の外は、葉が落ちた木々が所狭しと生えている。すっかり日が沈んだ森林は雨の音しかしない。
まるでホラー映画のような風景に思わず足がすくむ。
それでも1歩づつ歩を進めた。気づかれないようにゆっくりと。
服が濡れる気持ち悪さを気にせず歩いた。
声がした方向を木陰からそっと覗いてみる。
そこには、図書館を見つめて固まっているアスター、リベスがいた。リベスは右手に数本の花を持っていた。
「なにしてんのよ……」
思わずそうボヤいた私はきっと悪くない。
何もなかったのは良いことだけど、死を覚悟して出てきた私の心配を返してほしい。
シノンは呆れた顔で2人のもとへ向かう。リベスは傘を持っておらず、2人ともずぶ濡れだ。
「あ、シノン!」
いち早くシノンに気づいたアスターが、先程まで篭っていた図書館を指さす。
「見て、あそこに…」
「…?何もないじゃない」
アスターが指した先の図書館の壁は壊れかかっていた。
黄土色の頑丈な石造りに、見事な竜の彫刻。昼間と変わらない風景だ。作られた当初はさぞ豪華なものだったことが想像に難くない。
「いつ見てもいい彫刻ね。王都でもこんな素晴らしいものはあまり見ないわ」
「その竜が実は――」
「お褒めの言葉をどうもありがとう」
リベスの言葉を遮ったのだ。竜の彫刻が。
「きゃぁぁあ!!喋った!!」
「…お前たちは何度驚けば気が済む」
表情は分からないが、その低い声から若干腹を立てていることだけは分かる。
「ごめんなさい……」
その2,3メートルはある竜は足を動かして地面に降りる。彫刻だと思っていた竜は、生きていた様だった。
「何の目的でここに来た」
そのまま4足歩行でシノンまで近づくと、その大きな顔をシノンに向けた。
巨大な2つの爬虫類の瞳が至近距離でシノンを見つめる。
「雨宿りをしているだけよ」
「この雨は明日も止まないだろう。早く家に帰った方がいい」
「…ちょうど帰れる家を探してるところなの」
「家探しの旅をしていると?」
竜が小首を傾げた。
「そんなところ」
「……なるほど、それなら私の頼みも聞いてくれないか」
「ここの図書館に来るやつ頼み事多くない?」
アスターの視線を無視してシノンは竜に質問する。
「それで、私たちに何をしてほしいのかしら」
「とある怪物を追い払ってほしい」
「怪物?お前の仲間か?」
これはリベスの発言だ。
「違うな。私が怪物と思われる見た目をしていることは否定しないがね」
竜は苦笑しているようだった。
「その怪物は私と同じくらいの背の人型で青く、透き通った体をしている」
そう言うと竜は後ろ足を畳んで前足と背筋を伸ばした。約2メートル程度だろうか。
「普段はこの近くをうろついているだけだが、あの子があの部屋を訪れると、な」
時たま襲ってくるのだよ、と竜は図書館を見やった。
「にしてもその怪物、お前だけじゃどうにもならないほど強いのかい?」
「昔は追い返せていたんだがなぁ。最近あれの力が強まっている上に、私は衰えていくばかり。私だけでは、次はきっと勝てないだろう」
「今回だけでいい。お前たちがあの部屋に居る間、もしその怪物が襲ってきたら追い払ってくれないか」
竜は器用にも頭を下げて辞儀をしてみせた。
「手を貸したいのは山々だけど、私は誰かへの親切だけで自分の命を危険に晒したくはない。貴方の頼みを聞いたら、貴方は私に何をしてくれるのかしら?」
そう聞くと、竜は今度は巨大な翼を広げてみせた。
「お前たちにはどこか行きたい場所があるのだろう?私がお前たちを何処へでも運ぼう」
空路ならあの関を超えて、『幸せの国』へ渡ることができるかもしれない!そして今度こそ安全な場所でスローライフを…!!
「その頼み、引き受けるわ!アスターとリベスもそれでいいわね?」
「僕はあんたに従う」
と、リベス。
「構わないよ」
と、アスターが応えた。
「早速作戦を考えましょう!」




