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神話 上

 リベスとシノン、アスターの3人は衣擦れの音すら出さず、黙ってリスラの話を聞いていた。


 話し終えたリスラも黙り込む。1秒、2秒、3秒と無音の時間が過ぎていった。

 それに耐えられなくなったシノンがたまらなくなってリスラに話しかけた。


「それで、その続きはどうなったのかしら」


「私の話はこれで終わりですよ。あの後、私たちが再び会うことはありませんでした。でもここで待っていたらいつかは戻って来てくれるのかもしれない。これが私が毎日この図書館を訪れる理由です」


 再会できなかったということは、恐らく彼女の友人はもう……。

 シノンは余計なことを追及してしまったことを悔いた。


「……また会えるといいわね」


 シノンの気休めの言葉に、リスラは優しく頷いた。


「今日もあの子は来なかった。でも、あなたたちが来てくれただけで十分嬉しい。ここに置いてある本なら内容を覚えているので、私が読みましょうか?勿論その神話の続きでも構いませんよ」


「…いいのか?」


 リベスが遠慮がちに聞き返す。リスラは指を一本立てて答えた。


「でも1つお願いがあります。この図書館の近くに花が咲いているようなの。それを数本手折ってきてくれませんか」


 私には目が見えないから。と言う彼女の目は閉じられたままだった。


「分かった、僕が取ってこよう。その代わりさっきの神話の続きを読んでくれ」


「ええ、よろしくお願いします」




「『――やがてアルデンとエラムの妹は結婚しました。しかし、数か月後に事件が起こりました。エラムの妹はもう1人のアルデンの妻をナイフで刺してしまったのです。その悲劇から、アルシネゴの土地では何人たりとも2人以上の妻を持ってはならないと法が定められました。』」


 リスラは朗々と神話を語る。文字を読み上げてはいないのに、淀みなく。

 リベスはいつの間にかリスラの傍らに寄って読めない文字を真剣に見ていた。アスターも最初は真面目に聞いていたが、やがて飽きたのかシノンに話しかけていた。


「ねぇシノン、この服カビ生えたりしないよね」


 心配げに白かった外套を見せるアスター。なお今は血濡れである。雨が降り続いているので、さすがに心配になっていたようだ。


「大丈夫じゃない?カビもあまりに寒いところでは育たないと聞くし……それに…………」


 シノンは言うべきか躊躇いながら口を開いた。


「……もう水分もないほどカピカピじゃない。この血はもう落ちないんじゃないかしら」


「え」


 ほら、と折り畳まれた服を広げて見せると元の材質からは想像もつかないパリパリという細かい音が聞こえた。

 大きなショックを受けるアスター。シノンは彼の悲しんでいる顔を初めて見た気がした。


「どうにか、ならない?」


 泣きそうな顔をするほど!?

 アスターがあまりに悲しい顔をするのでシノンの方がたじろいでしまう。


「…どうにもならない?」


 アスターの瞳が潤んでいるような気がしてシノンは瞬きを繰り返した。

 ここまできたら泣いてる顔を見てみたいけど…でもそれで本当に泣いたら絶対に後が大変なことになる。

 シノンは必死に好奇心を押し殺した。


「どこか安定して生活できる場所に着いたら私が洗ってあげる。他の人が洗うよりきっと綺麗になるはずよ」


 仕方ない、前世の洗剤を使おう。この世界の物で洗うよりきっとましな仕上がりになるはず。


 そう聞くとアスターはパッと明るい顔に戻った。


「本当に!?それじゃあよろしく頼むよ」




「そういえばこの話って結局どうなったんだっけ?」


 再び退屈に耐えかねて、アスターがシノンに質問する。


「確か、最終的にハイノンが三分石を作ってエラムとアルデンを裏切ってしまうのよ。それでどうにもできなかった2人が3000年後に全ての問題を解決する聖女が現れることを予言して、それまではハイノンが置いて行った2石をそれぞれで保管しようと約束するの。悪用されないようにね」


「ネタバレしないでくれ」


 真剣にリスラの話を聞いていたリベスがシノンとアスターを睨んだ。


「ごめんなさい、これ以上は言わないでおくわ」


 シノンは笑い交じりに答えた。


 それからリスラのよく通る声は夕方まで絶えなかった。

 夕日が木漏れ日のように天井から差し込む図書館に、ようやく神話を読み終えたリスラが立ち上がる。


「そろそろ暗くなってきたので私は帰りますね。また明日」





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