『幸せの国』
2人分の地面を蹴る音がする。だが奇妙なことに声は3人分だ。
「やっと地上の明かりが見えた!ついに出口についたのね!」
「良かったね、シノン」
「なあ兄弟、途中で変わってくれても良かったんじゃないか?」
2人の足は硬い石を蹴って、ようやく柔らかい土を踏み締めた。
その優雅なプラチナブロンドにも暖かな日差しが当たる。その少女の下には、少女を数十分おぶり続けたアイスグリーンの青年がいた。
彼の不満げな視線の先には黒髪の身軽な少年がいる。
「俺はこの前運んだから」
「それよりも、私たちは一体どこに着いたの?」
「アルシネゴ王国の北東辺りだよ」
アスターの答えにリベスが納得する。
「道理でまた一段と寒いわけだ」
リベスは周囲を見渡した。晴れで地面にあった雪は解け、ぬかるんでいるが木陰には雪が小山のように積もっている。
その様子は普段の降雪はイズール村以上なのだとリベスに思わせた。
「それは標高の問題だと思うけどね」
「標高?ここは山なの?」
「山と言うより高原かな。この辺り一帯はなだらかだからね。あ、でも谷ならあるよ。ほらそこに」
アスターが指さした先には遥か彼方、地平線の手前に大きな溝があることが確かに見てとれた。だが気になるのはその更に手前だ。
「谷の前に何か白い建物があるけど、あれは?」
シノンの言う通り、谷の手前、つまりアルシネゴ側に白い建物が等間隔に並んでいた。
「何だろう。前に来たときはなかったよ」
アルシネゴ北東部の大きな谷、それに最近できた建物、どこかで聞いたことがある気がする……。
シノンは顎に手を当て考え込み、やっと思い出した。
思い出せたことが嬉しくて、つい笑顔になってしまった。
「きっとこの谷には『幸せの国』があるのよ!」
「「『幸せの国』?」」
アスターとリベスは声を揃えてシノンの言葉を繰り返す。どうやら2人とも聞き覚えはないようだった。
「何か危ない薬でも使ってる?」
とアスター。
「あんたはこんな薄暗そうな場所で自殺したいのか」
これはリベスのは発言だ。
なかなか失礼なことを言ってくれる2人に腹が立つ。
「私が名付けたわけじゃないわ!授業で聞いたのよ」
これは学園を逃げ出す前に聞いたのだ。アルシネゴ王国の北東に、近年アルシネゴ王国からの独立を宣言した地方があると。もちろんアルシネゴ王国は独立を認めていないが。
それが確か、『幸せの国』と名乗っていたはずだ。
アルシネゴ王国にとっては大問題だけれど、私たちにとっては好都合かもしれない。
「次は『幸せの国』に行きましょう!アルシネゴ王国から独立を主張しているということは、きっとアルシネゴ王国の軍隊が入ってくることはないはず」
「そうかもしれないけど、そもそも俺たちがこの警備をどうやって抜けるのかい?」
『幸せの国』へ向かった彼らの目の前にあったものは等間隔で並ぶ衛所と、アルシネゴ王国と『幸せの国』の間に出入りがないか厳しく目を光らせるおびただしいほどの軍人だった。その人数といったら半端がない。全員を一列に並べればその谷を囲めてしまうのではないかとシノンが思ったほどだ。
シノンは隣のアスターに視線をずらす。
「…アスターは何かいい方法思いつかない?」
「俺1人なら辛うじて『幸せの国』に渡れるかもしれないけど、シノンを庇いながらはまず無理だね」
『幸せの国』に渡る、この考えが白紙に戻ろうとしていた時、黙っていた男が声を上げた。
「僕を忘れないでもらえるか」
「リベス…!」
そうだ今はアスターだけじゃない、リベスだっている。あの大軍の隙をついて『幸せの国』に渡ることもきっと何とかなるかもしれない。
「僕も1人で渡ることができない」
ああ、そっちだったの……。
リベスの言いたいことを理解したアスターが不服という顔をする。
「どうしてお前まで俺が庇わなくちゃいけないんだよ」
「とにかく、アスターが私たちを守りながら『幸せの国』に渡ることは現実的ではなさそうね」
他に安全な場所を見つけないと。
「近くに民家がないか探しましょう。とりあえず1日の宿でも確保したいわ」




