ただいま
白コートの男は大勢にかこまれていても悠然とした態度を崩さなかった。
「随分とやる気のようだが、俺はお前たちと戦う気はない」
「別に戦ってくれだなんて言ってないぜ?お前が無抵抗で殴られてくれるならそれはそれで大歓迎だ」
「えー、俺の憂さ晴らしが先でいいよね?」
アスターが不満を述べると、近くにいた住民たちが不安げにコソコソ話した。
「あいつ、味方なのか……?」
「こんなに服装があの男と似てるんだ、しかも血塗れなところまで。こいつも捕まえるに越したことないだろ…」
一方リベスも不安気な顔をしていた。
「手柄を立てるために、確実に捕まえなければ。僕の手で……!!」
「悪いが、誰にも捕まってやる気はない」
そう言った男は血の付いたコートを翻した。
「逃げられるとでも思ってんのか」
その苛立ちが混じった言葉にコートの男は口の端で笑むだけだった。段々とコートが、男自身が霞がかかっているかのようにぼやける。彼の能力の判断がつかない魔法の発現に焦った住民の一人が叫ぶ。
「誰でもいい!殺れ!!」
それを号令に色とりどりの魔法の放射がコートの男と一部はアスターに襲い掛かった。たとえ膜を張ったとしても直撃すれば耐えきることなど不可能の高威力攻撃だ。
「痛っ!俺に当てた奴誰?」
「それでは。次は邪魔してくれるなよ」
魔法がコートの男を貫通する。そのまま後ろの木々をなぎ倒し派手な土煙が上がった。
だが彼の残骸はどこにもない。それと思しき血痕の1滴すら見つからなかった。
「消えた……?」
そうとしか思えない現象だった。
「捕らえられなかったのは悔しいが、被害をここまでで食い止めることはできた。今は十分な成果だ」
住民たちは苦い顔をしながらもすっかり暗くなった山道を下りて行った。住民たちをまとめていた男が別れ際、アウラに声をかける。
「お前を保護していたあの夫妻は解放するように俺から言っておく。……また会おう」
それだけ言うと、彼も住民の列に加わって山を下り始めた。
「俺たちももう帰ろう」
アスターが鼻を赤く染めて訴える。
夕方から降り始めた雪はしんしんと降り続き、辺り一面を壮麗な銀世界に変えていた。
「そうねアウラも――」
それでいいわよね、と続けようとした声は途中で遮られた。アウラが涙を流していたのだ。声を上げるわけでも、息を荒げるわけでもなく、静かに涙していた。
「大丈夫?傷が痛むの?」
「それなら早く下山して手当てをした方が良い。僕が負ぶろう」
リベスが差し出した手をアウラは拒んだ。
「そういう訳じゃないんだ。ただ、ここに来た時もこんな雲一つない星空で、不思議と雪が降ってた。そのときはどこにも行く当てがなかったけど、今は帰る場所がある。そこで待ってる人を今度はちゃんと守れたんだって。泣いてばっかの私は変わったんだって、そう思ったらまた嬉しくて、少し悲しくてちょっと泣いちゃっただけ」
アウラは強引に涙を袖で拭き取ると、笑った。
「もう帰ろう。私も、早く帰りたいから」
言葉尻を恥ずかしそうに照れて小声になるアウラにシノンも笑いかける。
「ええ、そうしましょう」
結局リベスに負ぶわれたアウラは、シノンとアスターと共にゆっくりと下山した。大量の動物の死骸は雪に覆い隠され、血の匂いもアウラには感じ取れなくなっていた。
しばらく進むとぽつぽつと村の明かりが見えてくる。住民が帰ったばかりなのでついているだろう。しばらくしたら消えてしまうはずだ。
村への道を逸れて、村のはずれにポツンとたたずむ家へと進む。窓からは暖かな光が漏れていた。
扉を開くと、温められた空気が4人を包んだ。戸が開く音を聞きつけた夫妻が駆けつけた。
「ただいま!」
アウラの声が部屋中に響いた。




