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真犯人

 無我夢中で走って、走って、そして足が雪でもつれて派手に転んだ。柔らかく冷たい新雪に包まれながら頭上を見上げると、そこには無機質な天井なんてなかった。あるのは美しい満天の星空だけだった。もう男たちの怒声だって聞こえない。耳をすませば微かに潮騒の音が響いていた。

 私は気が付けば泣き出していた。泣きながらトボトボと歩いた。

 生き残ることができたから。兎さんが死んでしまったから。どこに行けばいいのか分からないから。

 泣ける理由はたくさんあったけど、嬉しいのか悲しいのか分からなかった。

 生きる意味などとうになかった。


 そうして自分の気持ちすらよく分からないまま、一軒の家を見つけた。雨宿りのつもりで私はつい軒の下に入ってしまった。少しすると家の中から人が出てきた。彼らは私を一目見るととても驚いた顔した。質問攻めにあって、気づいたら彼らの子になっていた。


 宿屋の娘としての日々はあっという間に過ぎていった。与えられた小さな部屋での生活は、暖かくて、明るくて施設の中の生活しか知らない私には、とても幸せに思えた。私はその中で初めて鏡を見、頭の上に載っていたものの正体を知った。そして宿屋の夫妻は兎耳がついている私を受け入れてくれたが、他の者は、普通はそうではないとも知った。

 夫妻は困ったように私を見る。正確には頭上の耳を。私だってこの耳が散々宿に迷惑をかけていることは分かっていた。こんな冷たくて恐ろしい記憶の証明のような耳など、なくなってしまえばいい。何度もそう思った。


 宿は益々落ちぶれていく。何とかしなければならない、私が。そうでなければ私が生き残った意味がどこにあるんだろう。兎たちの命も、宿屋の夫妻の苦労も、全部無意味なものになってしまう。

 例え何をしてでも夫妻を宿を守らなければ。それができなければ私が生きている意味はない。夫妻の娘でいる資格はない。








「守らないと……」


 アウラはキッと眼前を睨んだ。目線の先には白いコートを纏った長身の人物がいた。フードを深くかぶっており顔は見えない。上等なコートを赤く染め悠然と立つ人物からは死臭が香っている。

 一方アウラは、肩や足の切り傷から血を流し満身創痍という様子だった。それでも気力だけで立ち上がりこの人物の行く手を阻んでいる。アウラにはもう自分を護る魔力すらない。

 その後ろには困惑しながらも様子を見るイズール村の住民たちがいた。


「アウラ!」


 その時、呼び声と共にこちらへ走ってくる音が聞こえた。シノンとアスターとリベスだ。


「大丈夫!?」


 シノンはアウラに走り寄って支えた。シノンはそのままアウラを連れてその場を離れようとする。


「やめろ!!」


 だがアウラは暴れて、シノンから離れようとした。


「どうして!?そんなボロボロじゃ、きっと死ぬだけよ!今は大人しく二人に任せた方が――」


「死んだっていい。私がやらないといけないんだ。私がここにいる資格を得るために」


「ふざけんじゃないわよ」


「え……?」


 アウラの唇からか細い音が出た。アウラにとっては先ほどシノンが確かに口にした言葉が衝撃的だったからだ。シノンが言ったとは思えない強い言葉、低い声。眉を吊り上げた彼女は何かに怒っているようだった。


「ふざけないで。貴方はあの夫妻の娘でいるためには資格が必要だと本当に思っているの?伝言を預かってきたわ、貴方を愛していると。私の目から見てもいなくなった貴方を心配する夫妻は、確かに愛しているように見えた。それなのにどうして自信を持てないの!どうして簡単に命を投げ出せるの!?そうじゃない家だってたくさんある。血が繋がっていても娘でいるために資格が要る家だってある。私は貴方が羨ましい!こんな風に静かに暮らしてみたかった!こんな風に人から愛されてみたかった……!」


 深呼吸を一つすると、先ほどの怒りが嘘のようにいつもの落ち着いた声で続けた。


「要するに、貴方は愛されているのだから自信をもって命をもっと大事になさいよ」


 怒鳴ってごめんなさい、と謝罪されるアウラの瞳からはぽたぽたと雫が零れ落ちていた。


「私、全然役に立ってない。むしろいつも迷惑ばっかり。このままでもいいのかな」


「ええ、きっとね。さあ脇に逸れましょう」


「……分かった」





「そろそろ始めようか。住民たちの私刑の前に、少なくともお前には白いコートを着ていることを一生分後悔してもらうよ」


 私怨を燃やすアスターが不敵な笑みを浮かべて白コートの人物と対峙する。


「あんたに恨みはないが、僕の用心棒就任のために捕縛させてもらう。悪く思うな」


 リベスは白コートの人物を油断なく注視している。


「お前たちがどうして俺と戦うのか、まるで理解できないな」


 白コートの人物は初めて声を発した。成人した男性の低い声だった。


「待て、俺たちも混ぜてもらおうか」


 その言葉を掛け声に、後ろで様子を窺っていた住民たちがぞろぞろと出てくる。


「こんなに森の動物を乱獲してくれたんだ。落とし前、つけさせてくれるだろ?」


「なるほど、真っ当な理由だな」


 住民たちはアウラの方に向き直ると、


「どうやら俺たちはあんたを誤解していたようだ。今まで、その人とは違う見た目というだけで勝手に凶悪なものと思い込んでいたこと、本当にすまなかった。許してくれと言うつもりはない。ただ、この件が終わったらお互い話をしよう、同じ村に住むものとして」


 そう言って優しい眼差しを向けた。





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