家族
透明な檻を引きずる低い音が響く。アスターは軽々と3人の人が入った程度の重量の檻を運んでいた。人の気配のないうっそうとした山林の中でニム、ニナ、ヤムナの3人は拷問までの時間が静かに迫っているのを感じた。
檻の中でヤムナは声を震わせながらうわごとの様に呟く。
「どうせ何もやらないで死ぬくらいなら……」
指が白くなるほど強く握りこんだ剣を自分自身に突きつける。そのままぎゅっと目を閉じてヤムナは剣を突き刺した。
傷口からは勢いよく血が吹きだす。その血はニムを、ニナを、囲んでいる檻を、その向こうにいるアスターを塗らした。
「やめろ、そんなことをしても……」
意味がない、と続けようとしたニムは言葉を失った。檻に付着したヤムナの血液が真っ黒く変色していた。これはヤムナの魔法が効力を発揮している証拠だ。ヤムナの能力は溶解血液、自らの血液をどんな金属をも溶かす強酸に転じる、というもの。
つまり、ヤムナの魔法で溶けたということはこの透明な檻は金属製だったということ。ニナの剣を消し飛ばし、金属製なおかつ透明という材質不明な檻を作り出すことができる……能力の全貌が全くつかめないな。
いや、今はそれよりも。
ニムは思考を切り替えると、出血過多でぐったりと倒れているヤムナを担いだ。
「撤退する!ニナ、ついて来い!」
「え、了解?」
どす黒い液体は透明な金属を解かし尽くして、ボタボタと地面に滴り落ちていた。ニムは躊躇いなくその血のカーテンをくぐる。やはり檻はもう既になくニムの足は柔らかい土を踏んだ。土を踏みしめ全速力で離脱する。なぜ外に出られるか全く分かっていないニナもそれに続いた。
「あ、逃げられた。………………まぁこの血を見せれば戦ってたことの証明にはなるでしょ」
……激戦をアピールするためにもっと血をつけた方が良いのかな、とアスターは地面の血だまりを見て独り言ちた。
一方シノン、リベスは動物の大量虐殺(シノンとリベスの予想によれば犯人はアスター)を止めようとしていた。
山と宿屋と市はほぼ直線上だ。そのためシノンたちは宿を経由して山に向かうことにした。
だが、シノンとリベスが宿についてみると、些か様子がおかしい。訪れる者はほぼいないはずの宿屋が人に囲まれていたのだ。しかも囲んでいる人々は鍬や鋤など武器になりそうなものを構えていたのだ。もちろん剣を持っている者もいた。
「宿の家主は出てこい!!」
屈強な男が叫ぶと周りの群衆も、そうだ、出てこい!と同調して叫びだした。
「一体何があったの…?」
訳の分からないシノンは茫然と呟いた。
ガチャリと戸が開いて、宿屋を営む男性が玄関から顔を出した。それに呼応して屈強な男も前に進み出る。どうやらこの男はこの暴徒の代表のようだ。
宿屋の男性と男は何事かを話している。聞き耳を立てることに集中していたシノンは、つつと背中を突かれて驚いて振り返った。
「貴方は……」
そこには布を纏って顔を隠した宿屋の女性がいた。
「しっ、静かに」
女性は唇に人差し指を当てシノンを黙らせると、事の成り行きを話し始めた。
「今朝、イズール村付近の山林であらゆる動物が乱獲されていたのは知ってる?」
「ええ。市で噂になっていました」
「その犯人にアウラが疑われているのよ」
「どうして、犯人は上等な白いコートを纏った人のはず」
「そんな情報があったの?それでも服装だけじゃ住民を止めるのは難しそうね」
「それで、アウラはどこに?」
「それがこの宿が住民たちに囲まれた後すぐに出て行ってしまったの。アウラを追って住民たちも半分ほど山に入ったわ。あの子はきっと自分で犯人を見つけて捕まえる気なのよ」
女性は真剣な眼差しでシノンを見詰め直した。
「またお願いをしてもいいかしら。危ないことをする前にアウラを止めて一緒に逃げてほしいの」
「一緒に逃げるって……貴方たちは?」
シノンの質問に女性は悲しそうに笑った。
「きっとただではすまないわね。でもアウラが捕まったらもっとひどい目に合うわ。火刑とかね。だから私たちで決めたの、アウラを全力で守ろうって」
「アウラは確かに私たちと血が繋がっているわけではないし、人間だって大声で言える自信だってない。でも例え種族が違くとも、私たちの娘だってことは大声で言える。アウラに伝えて!愛してる、どうか健やかにって」
そう言うと女性はシノンを抱きしめて、額にキスをした。
「あなたも怪我をしないようにね」
シノンには人からハグもキスもされた経験がない。故にカチコチに固まりながら、はい、と返すのが精いっぱいだった。
「さぁあなたもこっちに寄りなさい」
「……僕か!?」
恐る恐る近づくリベスに、女性はシノンと同様にハグをして額にキスをした。
「どうか怪我のないように」
女性は優し気に目を細めた。
「私の第二の娘と息子よ」




