その人物の目線から見た事実は他の人から見た事実とは違って見えることがあるから
ニム、ニナ、ヤムナがアスターに同時に斬り掛かると、アスターはそれを易々と躱す。それから反撃の隙を与えない猛攻がアスターを襲った。アスターはひたすらに避け続けるしかなかった。
右手からニナの斬撃が来る。アスターは後ろに半歩下がって回避した。したつもりだった。だがニナの剣はそのとき大剣と言えるほどの大きさに伸び、余裕綽々のアスターの顔に一筋の傷をつけた。
「へぇ、物を引き延ばす能力か」
「それが分かったところで避けられねぇぜ?」
「あれ?当たり?」
「ニナ、余計なことを言うな。ともかくこのまま押しきるぞ。」
「「了解!!」」
再び息の合った連携が始まった。アスターはまた回避してばかりだ。魔法を使う素振りすらない。
だがそれはチャンスだとニムは考える。本人が魔法を出し惜しみしているのなら実力を出す前に楽に捕獲できるかもしれない。
だからこそ連携を無視して突っ込んだニナを責めなかった。
「ちょっとこっちに来ないで下さい!」
ヤムナに接近しすぎたニナをヤムナが責めるが、この一太刀で勝てるなら連携が崩れようがどうでもいいことだ。
アスターはニナの伸びる剣を警戒して今度は真横に避けた。
これで決まる!
「やれ!ニナ!」
「死ねーーー!!!」
気合の一声と共に渾身の一撃が振るわれる。届くはずのなかった斬撃は剣が大きく形を変え、鎌のように伸びたことでアスターの首を間合いに収めた。絶対に避けることができない攻撃、ニムはすっかり油断していた。
「やっと固まってくれたね」
アスターが不敵に笑んで、そう言った。そしてアスターは迫りくる刃に左手をかざした。そんなことをしても左手ごと両断されるのは目に見えている。ニム、ニナ、ヤムナも皆勝利を確信していた。
ついにニナの刃にその手の平が触れた。そのときニナの剣が刃先から柄まできれいさっぱり消え失せてしまったのだ。
「は?」
先ほどまで剣を握っていたはずのニナが間抜けな声を出す。
奴は触れたものを消し飛ばす、またはどこかに移動させる能力の持ち主……ニナとすこぶる相性が悪い。
ニムはすぐに二人に指示を出す。
「いったん距離を取れ!ニナの魔法はほとんど効かない可能性が高い、退がってろ」
「ニム、ヤムナたち動けないです」
困惑した顔でヤムナが告げる。
確かに何もないように見えるが一定のところで先へ進めなくなる。俺たちを囲うメッシュの立方体、まるで透明な檻だ。その檻の中に俺たちはいつの間にか捕らわれていたのか。いや恐らくニナの剣を消したときに……。
捕らわれた3人へ向かって檻越しにアスターは話しかける。
「まず安心してほしいんだけど、俺は兄弟を殺すつもりはないよ。それにシノンにも会わせてあげる。会いたかったんでしょ?」
「なぜ俺たちをシノン嬢に会わせる」
「俺にも会ってもらわなくちゃいけない理由ができたからだよ」
そう、シノンに会ってもらわなくてはアスターが今日は追手と戦っていてシノンと仕事ができなかった、という言い訳が立たない。アスターにとって、あのとき追手を見つけたのは好都合以外の何物でもなかった。見つけたのはすでに昼頃だったが、そこは朝から激戦を繰り広げていたことにすればいい。上手くすれば戦闘の療養という名目で数日休むことだってできる。
そしてそれだけサボっていてもシノンはアスターに用心棒の任を解くことはできないだろう。実際に用心棒の役割を果たしたのはアスターなのだから。
つまりリベスの勝ち目はもうない!あぁ、リベスに会うのが楽しみだ!
アスターもまた勝利を確信し、勝ち誇っていた。
「というわけで、お前たちにはシノンに洗いざらい説明してもらう必要がある」
他人に説明させた方が信憑性が高いからね。
「どういうわけで?」
ニナは不思議そうな顔をしていたが、
「そんなの分かりきっているでしょう……!」
ヤムナの深刻そうな顔で口を閉ざした。
ヤムナは恐ろしさに震えあがっていたが、ニムは震えてばかりではいられない。
捕らえた捕虜に洗いざらい説明させる……間違いなく俺たちには軍や国の情報を吐かせるための拷問が待っている。俺たちは機密情報を漏らすことを許されない。もしアイツの言う通り大人しく情報を渡して生きて返されたとしても、結局はそこで死刑。
故に、何としてでも逃げなければ!全員が叶わなくとも一人でも多く!ニムは一世一代のような決意を固めた。
「分かった。降参する。俺たちに協力できることは何でもしよう」
緊張を押し殺して返答する。
おいニム!と、ニナが言い咎める声が聞こえた。
「話が早くて助かるよ」
「それで、本当に後ほど逃がしてくれるのならニナとヤムナを今すぐ逃がしてくれないか?あいつらは馬鹿だから碌なことを喋れない。俺だけで十分だ」
ニムは消え入りそうな儚い笑顔で言った。ニナは悲しげに、ヤムナは泣き出していた。
うわ、仲間思いみたいな顔して現状説明もできないほどの馬鹿ってひどい悪口だ。泣いている小さな子がかわいそうだよ。
「いや、ちゃんと全員連れて行くよ。応援を呼ばれても困るしね。あと、これはあくまで俺の意見でしかないけど、例えどれだけ馬鹿なんだとしても、その人物の目線から見た事実は他の人から見た事実とは違って見えることがあるから、俺は皆の話を聞くことにも意味があると思うよ」
我ながら完璧なフォローだった。そう確信してアスターは満足げな顔で、透明な檻を引きずる。この方が逃げられる心配もないし、山道を通っていけば人目に付くこともないだろう。
アスターに引きずられる檻の中には鬱々とした表情の3人が座り込んでいた。




