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容疑者アスター

 清々しい朝だった。

 水平線まで続く青空に穏やかな波。天気が良い日は自然と楽しい気分になってくる。今までアウラはそう思っていた。

 だが今日のアウラの足取りはひどく重い。とてもこの時間が憂鬱でたまらなかったのだ。自然と歩調が遅くなる。

 行かなければいけないことは分かっていても、どうにか行かなくても良い状況に……できないのならせめてできるだけ時間を取りたい。

 アウラの心情が現れていた。






「アウラ、こっちはもう終わったわよ」


 だがそんな思いを知る由もない原因がひょっこりと藪の中から顔を出してしまった。短いプラチナブロンドの髪に大きなアメジストの瞳、白く細い白魚のような手に抱えられているのは山菜で一杯になったボロ籠だ。その違和感溢れる見た目をスルーしてアウラも返事を返した。


「ああ、私も終わったところだ。これだけあれば十分だろう」


 2つの籠に山盛りになった山菜、果物を見てアウラは言った。


「アウラの籠も僕が持とう。中身が一杯の籠はあんたにも重いだろう」


 アウラも籠をリベスに預けて3人は山を下り始めた。


「山菜採りの次は何をすればいいの?」


 宿に戻っている途中でアウラはシノンに声をかけられた。アウラは被っていたフードを引っ張って髪の先までを覆い隠した。


「次は……私は客室の掃除だな。シノンたちは顔を晒せるから買い出しかもしれないけど…」


「そ、そうね…………」


 シノンは何故か歯切れが悪そうだった。アウラはシノンにえも言えぬ気持ち悪さを感じていた。だからこそただ一度の歯切れの悪い回答に、シノンは何か重大なことを隠しているに違いないとこじつけた。だが実際疑い出せば可笑しな点は山ほどある。

 例えば、どうしてリベスとアスターとかいう男は夕食と朝食時にいなかったのか。旅行の道具を持っていないのも、お金を持っていないのも、家出と考えれば理解できないこともないが、それだけは何故だか分からなかった。

 もしその秘密があの人たちに害をなすものなら……


 アウラは鋭い視線でシノンを油断なく注視した。




 宿に帰った3名はすぐに次の仕事を与えられた。アウラの読み通り、シノンたち2人は買い出しでアウラは部屋の掃除だ。

 シノンが昨日の出来事を話していないのだろう、宿屋の男性はアウラがシノンを殺そうとしたことを知らなかった。むしろシノンたち同年代と別れさせててしまうことを、仕事を割り振った男性は申し訳なさそうにしていた。その気配りは全くの不要と言えるが。ともあれシノンとしばらく別行動を取ることにアウラは心底安堵していた。

 アウラには殺そうとした相手と和やかに談笑できるほどの胆力はないのだ。

 どうしてシノンはあんな風になんでもないように話しかけられるんだ?気まずいってもんじゃないだろ……。

 アウラは部屋を掃除しながら考えあぐねた。





 一方シノンとリベスは市へ買い出しに向かっていた。アスターはまたもやサボりを決め込んでいる。男性の情報によると、毎朝この時間になると小さいながら市が開かれるらしい。しかも時々都から行商人も訪れるらしい。

 会場は多くの人で活気に溢れていた。知己と噂話に興じる声、商人が客を呼び込む声が絶え間なく響く。


「最新魔道具!安くしとくよーー!!」


 彼が都からの行商人だろうか。赤髪の男が物珍しい品物を広げて声を張り上げる。

 気になるけど……パスね。今はさっさとお使いを終わらせなくてはならない。


「また荷物は僕が持とう」


「助かるわ。アスターとは大違いね」


「そうだろう。だが、アイツは一体どうしたんだ?一応僕らはシノンの用心棒枠を巡って競っていたはずだろう」


 アスターがどうしているのか、どこに行ったのか、それはシノンにも分からないことだった。アスターはシノンが朝起きるより早く姿を消していた。因みにリベスが目を覚ましたのはその更に1刻ほど後のことだ。


 その時、近くで話し込んでいた女性たちの話し声が2人の耳に飛び込んできた。


「ねぇ、ちょっと聞いて欲しいんだけど。夫が変なの見たって言うの」


「変なのって?」


「狩猟で今朝森に入ったら動物の死体があったんだって。それも山ほど」


 ここで話し手の女は声を潜める。


「しかもその死体、全部目が無かったらしいの…!」


 だが彼女の予想とは裏腹に周囲の反応はあっさりとしたものだった。


「それ、もう村長が村の男衆を集めて犯人を捕まえに行ったよ」


「あら、そうだったの?」


「一足遅かったわね」


 だが一人の思わぬ発言により、女性たちは色めきたつ。


「あの、もしかしたら私、犯人見ちゃったかもしれない……」


「えぇーー本当に!?」


「誰っ!?誰っ!?」


「どんな人だった?」


「顔まではよく分からないけど、白くて刺繍の入ったコートを着てたよ。それが赤く染まっているの」


「服装だけじゃ誰か分からないわね」


「でもきっとこんな悪趣味なことをするのはあの化け物しかいないわよ」


「誰でもいいけれど早く捕まってほしいわぁ、生活が困るもの」







「シノン」


 今だ噂話を話し込む女性たちから離れて、リベスが静かに呼びかける。


「ええ」


 2人は深刻そうな顔で視線を合わせた。彼らの頭の中では、白い外套を身にまとい徒に動物を狩って狂気的な笑みを浮かべる人物が、昨日笑顔でアウラを差し出してきた男と一致していた。


 つまり、犯人はアイツ(アスター)に違いない!


 だがそう直感していても、シノンはどこかで信じたくなかった。


「でもアスターも明らかに得のない行為をするかしら」


「アイツが無駄しかない行為をしないとでも?」


「……!!急いでアスターを止めに行くわよ!」


「ああ!」


 2人は買い出しをそっちのけで森へ走った。

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