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幕間 王太子の破滅 下

「兄上も、納得して頂けましたか?」


 ジェードの問いにジェラルドは諦めた笑いを見せる。


「もし俺が「納得」しないのならお前はこの場にいる者たちを傷つけるつもりだろう?」


「ええ、でもそれは最終手段ですよ。私も非道なことは好きではないので」


「クーデターを起こしておいてよく言う」


「それで、答えは?」


「いいだろう、俺は王位継承権を放棄する」


「ありがとうございます」


 ジェラルドはもうジェードを見てはいなかった。視線の先には、純白のドレスを纏った少女だけ。今もジェラルドを庇いたいがそうすることもできず、おどおどと落ち着きがない彼女を優しい眼差しで見つめていた。ジェラルドの中には悲しみと怒りと諦めが渦巻いていたが、彼女が傷つかないで良かったという安心も確かに混じっていたのだ。


「アルシネゴ国王として命じます、我が兄ジェラルドは貴族の子女殺人未遂及び軍の私的利用の罪で死刑に処すこと。執行までは収監しておくこと」


 連れて行きなさい、とジェードが命じると軍人が二人前へ出てジェラルドを連れ立って退出する。


「待って!」


 遂に耐え切れずに零れ落ちた涙を無視して、聖女はジェラルドの元に走ったが、軍人にすぐに取り押さえられてしまった。人間かどうかを疑うような怪力に腕を掴まれてしまっては彼女は身動きすら取れなかった。

 ジェラルドが去った会場に聖女はすすり泣いた。ジェードは今もうつ伏せに拘束されている聖女に歩み寄り、拘束を解くように指示した。


「貴方の気持ちは痛いほどわかります。ですので後程お話をしましょう。兄上が罪を犯してしまった以上、もう貴方に妃の地位を約束することはできかねますが、これからの生活に困らないだけの後ろ盾を差し上げることはできますよ」


「私は……私は、後ろ盾が欲しくてジェラルドを追いかけたんじゃない…!」


 激昂する聖女はパシリとジェードの頬を平手打ちしたが、ジェードは眉を下げ微笑んだだけだった。


「なるほど、それは困りました」


 突然のことで気が立っているのでしょう、別室にお連れしなさい、とジェードに命じられた兵士と共に聖女もダンスホールを後にした。








 ジェラルドが退出させられてから、来賓たちを取り囲んでいた軍人は武装を解いていた。自分がいつ殺されるかも知れない極度の緊張から解放された来賓たちは、ようやく安心して深く息を吐き出せるようになった。

 だがその反動からか、過ぎた独り言を発してしまう者がいた。


「……にしても、ジェラルド殿下も皮肉なものだなぁ。他人に罪以上の罰を与えようとしたことで、自分もその罪以上の罰を受けたのだから」


「おい、どういうことだよ?」


 耳元で声がして、独り言を発した彼は慌てて振り返る。声をかけてきた男は独り言の彼の身体が低い所為もあって背が高く、どことなく威圧感を感じる。

 その男は頭髪の右半分が薄桃色で左半分が銀色、瞳の色も右がエメラルドで左が黒という、あまりにも奇妙な顔をしていた。その上に人間の白目に当たる部分が黒いのだ。

 彼は男を同じ人間とは思えなかった。


 だが一番の問題は男の容姿ではない。例えその顔がどれほど整っていようとも、ありふれていていようとも、優しさを湛えていようとも、きっと彼は同じように顔を真っ青にしてすくみあがっているだろう。彼にとって一番の問題は服装なのだから。彼は飾り気のない黒一色の軍服を身に纏っていた。

 つまり、この男は先ほどまで自らの命を脅かしていた団体の一員だということだ。恐らくこの質問も単に意味が分からず聞き返しているのではなくて、ジェードに否定的な発言を聞きつけて取り締まろうと問い質しているに違いない。彼は数瞬でその考えに至った。


「い、いえ、何でもございません……」


 故に彼は震える体から、蚊の鳴くような声を絞り出して否定する他なかった。


「は?」


 だが男は彼の否定を認めはしなかった。彼に男の異様な顔が迫る。しかし彼が死を覚悟する直前に男は動きを止めた。


「ニナ、もうやめてあげたらどうです?」


 場に似つかわしくない声変わり前の幼い女子の、制止の声が響いたからだ。緩慢な動きで男、ニナは声の主に視線を動かす。


「なんでヤムナが止めんだよ」


 ヤムナと呼ばれた少女は、うんと低い身長にそばかすのついた血色の良い肌。そしてニナのように赤と茶で半々に分かれた髪をそれぞれ結って二本のお下げ髪にしていた。もちろん彼女も白目の部分が黒い。


「多分この人をいくら問い詰めても何も答えてくれないと思いますよ」


 ヤムナは何故か自信たっぷりにそう言った。


「何でだよ」


「それはですねぇ、ヤムナたちは左右違う髪色、瞳の色、黒い白目を持っているので、みんな顔が怖くて話せなくなっちゃうらしいんですよ!それが分からないだなんてニナは全くバカですね!ね、ニム!」


 楽しそうにヤムナは後ろへ呼びかけた。彼女の後ろにはまるでニナのカラーリングを左右反対にしたような男、ニムが立っていた。

 ニムは深くため息を吐くと、頭でも痛いのか目頭を押さえて言った。


「お前ら……状況って言葉、知ってるか?」


「知っているに決まっているでしょう!」


「俺だって知ってるぜ!!鞭とかでこう、叩いたりするやつだろ?」


「なんだそれは…?いや、いい」


 ニムはニナとヤムナとの会話を諦めて貴族の男に向き直った。


「馬鹿2人が大変失礼いたしました。本日の催し物は全て終了しましたので、恐縮ですがお早くお帰り下さい」


「あ、ああ」


 ニムの声で弾かれたように我に返った彼は、バランスを崩し転びそうになりながら出口へ走り去った。







 ダンスホールの最後の客が去りニム、ニナ、ヤムナの3人はジェードの元へ集まった。


「ジェード様、指名手配中のシノン・シエスタ嬢はどうされますか?」


「すぐに取り下げなさい。そして彼女はアルシネゴにとって必要な人物、一刻も早く彼女を保護するのです」


「了解致しました」


「あ、そういえばJ君!」


 ニムが恭しく辞儀をする横でヤムナが気安く呼びかけた。


「J君!!?」


 ニムが目を見開いて硬直する横でヤムナがさらに続ける。


「この前J君が言ってた、「ヤムナの顔が可笑し過ぎるからみんなから避けられる」っていうのは間違ってましたよ!」


「そんな下らないことを国王陛下に聞いたのか?」


「あれ、そうだった?ごめんね」


 ジェードは敬語を崩して、童顔によく似合う少年然とした笑顔を見せた。


「ジェードお前、ため口きけたのかよ!?」


「ニナ、俺も全く同じ心境だが国王陛下に呼び捨てとお前呼びはやめて差し上げろ」


「珍しいですね。ニナがニムの口調を注意しないだなんて」


「申し訳ございません。馬鹿(ヤムナ)が増えたせいで余裕が無くなってしまって。営舎で注意します」


「構いませんよ。そんなことに時間を費やすくらいなら、捜索の方に回しなさい」


 それにニナの馬鹿と悪癖は一朝一夕では治らなそうだ、とジェードは笑った。


「お前ら俺をバカバカ言いやがって」


「バカだから仕方ないですよ!」


「お前もニナと大して変わらないからな?」


「そんなはずないです!」


 4人の下らない会話が広い広いダンスホールにこだましていた。





 外はまだ街灯が照り、人々は城で起きたことなど知る由もなくいつも通りの晩を楽しんでいる。同じように王都から遥か東の村の宿で寝静まるシノンたちも、自らの話題が上がったことなど知らずに朝を待っている。


 東の山の稜線から一筋の光が差した。ジェードの国王即位の報はもうじき市井にも届くだろう。少しずつ昇る太陽がこれから起こる喧騒を予感させる。


 閉じられていた瞳が微かに開かれる。美しい大粒のアメジストが、陽光を受けて瞬いた。





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