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幕間 王太子の破滅 上


 シノンたちが眠りについたイズール村は真上に上った月と星の光にほのかに照らされるばかりで、心地よい暗闇に包まれていた。人の往来もなく、今はただ波の音が規則的に響くのみだ。

 その同じ空の下、西方に煌々と輝く都がある。言わずと知れたアルシネゴ帝国の王都である。道行く人並みは涸れることがなく、それを照らす街灯は昼間のように明るい。まばらに開かれている露店では店主が景気よく客を呼び込んでいる。

 その街の北側に鎮座する学園と同じくらい大仰で、学園以上に豪奢な建造物がある。王城である。城は来賓で溢れかえり、部屋の角の闇も白く塗りつぶすかのような眩い光が大きな窓から漏れ出していた。


 弦楽器を持つ人の指が震えて音楽が奏でられる。穏やかで品のある音が城のダンスホールに響き渡った。それを聞いた人々は笑みながら男女二人組を作り、音楽に乗って踊り始める。社交ダンスというものだ。

 つまり今日は舞踏会が開かれている。それもひと際大きな。普段はそれほど呼ぶこともない来賓たちを呼べるだけ呼んでいるのだ。その理由はこの舞踏会の主役を見れば一目瞭然だ。一点のくすみのない銀髪にサファイアブルーの高貴な瞳を持つ青年、ジェラルドと組になって踊る女性、彼女こそが今日の舞踏会の主役だった。上等な純白のドレスに身を包み、緩やかなウェーブのかかった長いブロンドの髪を編んで頭上で纏めている。そしてその髪の上には来賓たちの視線を集めてやまない王太子妃の証、頭上の巨大なシャンデリアの光を人に名画に四方八方無差別に反射して、美しく光り輝くティアラがあった。


 最後の一音が鳴り響き、一曲が終わると彼らはすぐに人に囲まれた。


「ジェラルド殿下、ご結婚おめでとうございます!」


「ああ、ありがとう」


 ジェラルドは特に感情のこもっていない礼で返した。嬉しくないわけではない。彼女との結婚は自身の望むところであったのだから。だがこうも耳が腐るほど言われてもな、とジェラルドは苦笑する。ジェラルドはこの舞踏会の前に行われていた結婚式からずっと同じ言葉をかけられ続けているのだ。来賓として呼ばれたからにはやはり主役に一言ばかりは声をかけなければ失礼に当たると考えているのだろう。だがその簡単な一言でも王国一の大きさのダンスホールを埋め尽くす客の分だけ繰り返されたら、いい加減こちらも疲れてくるものだ。


「しかもお相手は美しい聖女様ときた。いつかその魔法も披露して頂きたいものです」


 年老いた身体を上品な衣服で包んで、クラバットを巻いた男が不躾な視線を王太子妃に送る。


「ええと……」


 その視線に可憐な少女はたじろぐばかりだ。


「確かに聖女の魔法は噂に違わず美しいものだった。だがマートラ伯爵、お前の職務は何だ?聖女の魔法に頼らずとも良い国を作ることではないのか?」


 ジェラルドは少女を庇うように1歩前に出て、言い放った。


「はは、その通りでございます。先程の失言はどうかお忘れ下さい」


 ジェラルドに気圧されたマートラという男は、乾いた笑いを残してそそくさと立ち去って行った。


「ジェラルド様、ありがとうございます」


「様などつけるな。いつものように俺を呼んでくれ」


 その一言で少女は、嬉しさと恥ずかしさで頬を桜色に染めながらジェラルドに笑いかける。


「ありがとう、ジェラルド!」


「それでいい。身分がどれほど違っていたとしても、お前が場に合わせて俺にへりくだる必要など微塵もないのだから」


 見つめあい、微笑みあう。再び奏でられる穏やかな演奏に乗って、二人は自然と手を取り合いリズムに身を任せていた。まだ不慣れでぎこちない少女を力強くリードしダンスホールの中心で大振りに踊る彼は、間違いなく幸せの真っただ中にいた。トパーズとサファイアの瞳はお互いを映し続け、そのたった二人だけの濃密な空間には何人たりとも入り込む余地はなかった。









 もしこの世界がゲームならばここでハッピーエンドとしてエンドロールが流れ、物語は幕を下ろすのだろう。そして今後二人が幸せで栄光に満ち溢れた人生を歩むことは想像に難くない。


 余韻を残しながら、エンドロール代わりの一曲が終わりを迎える。乙女ゲーム『聖女と6人の貴族』のシナリオはこの時確かに終わりを告げた。同時に、王子ジェラルドと聖女の婚姻譚も終局してしまったのだ。


 突如バタンと優雅な空間に似合わない粗雑な扉の開閉音が響く。当然のことだが人々は室内に飛び込んできた人物に刺すような視線を浴びせた。注目を浴びた男は長い銀髪に青く輝くサファイアの瞳、ジェラルドを彷彿とさせる容姿をしていた。


「ジェード、遅かったな。俺の結婚式に参加しないとは一体何事だ?それに舞踏会に早く参加したい気持ちは分からなくもないが、もう少し静かに入場できなかったのか……」


 怪訝な顔をしつつも気安く話しかけるジェラルド。深刻な顔をしたジェードという男は静かに、だが静まり返った会場には隅々まで聞こえるような声量で報告した。


「お父上が、崩御されました」


「父上が……?」


 愕然とするジェラルドは、よろよろと開け放たれたままの扉からダンスホールの外へ出ようとする。父親のもとに行くつもりなのだろう。彼は元々ジェラルドの結婚式にも舞踏会にも参加していなかった。とてもできる状況ではなかったというのが正しいが。三日ほど前から彼は持病の悪化で寝たきりの生活を強いられていた。だが彼が寝たきりになったのはこれが初めてではない。数日後には持ち直して日常生活を送ることを繰り返していたのだ。だからこそ、彼の死去はジェラルドの想像の埒外だった。


「待って下さい」


 兄上、とジェードはジェラルドをそう呼んだ。歩みを止められたジェラルドは放心状態で呟いた。


「なにを」


「一つ、決めなければならないことがあります」


「あとにしてくれ」


「兄上が協力して頂けるのならすぐに終わりますよ。決めなければならないこと、というのは――」


 ――この国を継ぐべきなのはどちらか。


 ジェードは真直ぐにジェラルドを睥睨して宣言した。


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