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8話「緑の侵略者と歓喜の歌」


 翌日、ジルは昨日と同じスクロール製作へ向かい、俺はゴリさんに連れられて、獣魔族が運営している街道を北上していた。

 獣の顔をした獣魔族は、荷運びのための魔物を雇って魔界中に商品を届けているという。魔界各地に拠点があり、獣魔族だけは差別もなく各地を渡り歩いている。


「まぁ、差別がないわけじゃないさ。鬼や竜どもは露骨に嫌な顔をしてくるしな」

 猪顔の雑貨屋の店主が愚痴を漏らしていた。店主は大きなトカゲを操り、荷馬車を曳いている。荷台にはスクロールや樽、薬品などが大量に積まれ、俺とゴリさんは狭い空間の中で、荷台から足を出して座っていた。

 その後、鬼国からまた盗賊団が出たとか、9割がバカで1割の天才で成り立っている国だとか、言いたい放題ゴリさんと喋っていた。


「獣魔の街道で送ってやれるのはここまでだな」

「おう。助かったよ」

 ゴリさんは、店主が持っている小さなプレートに腕輪を乗せて代金を払っていた。いちいち金貨の数や銀貨の数を数えなくていいので楽だ。足し算や引き算を覚えると、面倒くささがよくわかる。

「お安い御用だ」

 

 店主を見送り、ゴリさんは霧がかかった森へと向かった。見えないが、獣の臭いもするし、虫の羽音もしている。ねっとりとした歌声のマンドラゴラもいるようだ。


「ここら辺は見ての通り湿地だ。草国との国境はすぐそこだ。年々、草や木の侵入を許していて、そのうち砦まで奪われるんじゃないかって言われている」


 石造りの砦は、建物が3棟くっついていて見張りのための塔が北側に建っていた。


「こんにちは。志願兵を連れてきました!」

 ゴリさんが大声で、兵舎の中にいる骸骨たちを呼んだ。兵舎には、鉄の鎧を着た骸骨剣士の他、腐肉喰らいのグール、吸血鬼などがいる。いずれも魔物でメイスやハンマーなど武器を手にしていた。


「人の奴隷か?」

「そうだ。人の国では冒険者をしていたらしく、獣は狩れないが植物系の魔物なら討伐できるらしい。使ってやってくれないか?」

「よろしくお願いします!」

 ゴリさんに紹介され、俺も骸骨剣士に頭を下げて頼んだ。


「獣は狩れないってそんなことあるのか?」

「血の処理が面倒なんだ」

「だったら、私と一緒に見回りをすればいい」

 黒い鎧を着た吸血鬼がそう言って、牙を見せた。

「ただ、内臓が腐ってしまうと臭いが……」

「あの匂いが最高じゃないか。うむ、適性があるな。しばらくここにいるといい」

 腐肉喰らいのグールは、勝手に俺を採用した。

 砦を取り仕切っている骸骨剣士も大きく頷いているので問題はない。


「じゃあ、頑張れよ。飽きたら帰ってくればいいから」

 ゴリさんは「うちを実家だと思えばいい」と言っていたが、実家がどこかはわからないので、どう思うかは俺次第だ。

「わかった。ありがとう。ゴリさん」

 お礼を言って、ゴリさんを見送った。

「じゃあ、頑張れよ!」

 ゴリさんは歩いて去っていった。


 

「まず、この地図を見てくれ」

 早速、リーダーの骸骨剣士が塔の中で、俺に地図を見せてきた。読めるわけではないが、なんとなく湿地の半分が不死者の国の領土だと説明してくれる。

「現状、ほとんど侵略されているに等しい」

「草国の奴らは罠を張って、俺たちグールを嵌めてくる」

「感覚器官の鋭い我ら吸血鬼も、臭いと音で混乱させられるのだ」

 女吸血鬼は白い肌を、ぶるぶると震わせていた。よほど恐ろしい攻撃があるのだろう。

「俺が陣頭指揮を執って骸骨の部隊で、どうにか罠の花や草を撤去しているのだが、いつの間にか生えていて雨後の筍状態だ」


 草や花をまず撤去して、原因を調べることから始めればいいらしい。


「調査なら、やったことがある!」

「斥候と巡回だ。もしなにか気が付いたことがあったら、報告してくれ」

 女吸血鬼が杖を用意してくれたが、俺には扱えないと断った。


「本当にそんな裸で大丈夫なのか?」

 暑いので腰に布を巻いているだけだが、装備としては十分だ。

「斧とつるはしさえあればなんとかなる……。と、思っているけど」

「まぁ、今日は巡回ルートの確認だけにしておこう」

 

 女吸血鬼は杖を腰に差して、俺を案内してくれた。警戒しているのか、俺の横にピタッとくっついてくる。白く冷たい手は青い血管が浮き出ていて、息をするたびに口から獣の血の臭い。整い過ぎている顔が、妙に恐ろしかった。

 

 砦を出て、霧の深い湿地に向かう。獣が作ったような道はあるが、ところどころに穴が空いていた。


「落とし穴の跡があるから気を付けるように。危なくなったら私にしがみついてもいい。従士にするか食事にするか決めさせてやっても構わない」

「うん」

 女吸血鬼は、よくわからないことを言うので、返事だけはしておく。

「歌う草……じゃなくて、マンドラゴラは獣用の罠か?」

「違うよ」

「腐ったような臭いの大きな花は?」

「ラフレシアのことか? もしあるなら、どちらもすぐに撤去しないといけない」

「そうか」

「見つけたか?」

 女吸血鬼は杖を抜いて、辺りを見回した。

「うん、ですが狼もいるんですけど、どうする?」

「どこにいる?」

「こんもりした枯草の裏」 

「本当だ。よく見えるな。気が付かなかった。狼の相手は私がしよう」

「じゃ、こっちの仕事をしておく」


 道から少し離れた地中にマンドラゴラがいたので、つるはしを突き刺した。

 もちろん、一体だけではないので、歌が聞こえる地面をつるはしでぶっさしていく。

 ラフレシアと呼ばれる臭い花は、中に溶解液を溜めていてそのまま斧で切ると錆が出来そうだった。仕方がないので、土を掘って溶解液を溜めた花だけ刈り取る。


 その間に、女吸血鬼は狼の血をじゅるじゅるとすすっていた。

「こんな近場にまで侵略しているとは、思いもよらなかった。しかしこの花の腐臭は強烈だな」

 女吸血鬼はさっきまで気が付いていなかったのに、刈り取った今は鼻をつまんでいる。

「せっかくだ。グールも呼んでやろう」

 女吸血鬼はそう言うが否や、懐から蝙蝠を取り出して砦に向かって放っていた。

 斧が錆びないように布で刃を拭って待っていると、すぐにグールが砦から飛び出してきた。


「いい匂いがするなぁ」

「ああ。壺か樽を持ってくるといい。狼の内臓がある。それからラフレシアの溶解液も取れた」

 女吸血鬼が説明すると、グールは跳び上がるほど喜んでいた。

「本当か! すぐに用意してくる!」

 グールは砦に帰り、仲間たちに号令をかけていた。


「どちらもグールどもの好物でね」

「そうなのか。あの沼地までたくさん生えているけど……」

「なんだと!? すでに群生しているということか?」

「うん」

 マンドラゴラを引っこ抜いて雑巾を絞るように絞め殺していると、柄杓を持って樽を担いだグール軍団と共に、骸骨剣士の一団も砦から出てきた。


「何があった!?」

「いつの間にか湿地帯がマンドラゴラとラフレシアの群生地になっていました!」

 女吸血鬼が骸骨剣士に報告している。


「今まで巡回して何を見ていたんだ?」

 骸骨剣士は女吸血鬼に詰め寄っている。見逃していたことを咎められているらしい。

「申し訳ございません! すぐに殲滅いたします!」

「待て。人間の……名前、なんて言った?」

骸骨剣士が俺に名前を聞いてきた。

「アイツだよ」

「お前が見つけたのか?」

「そう。うわっ、なんか固いのが入ってる」

 マンドラゴラを絞め殺していたら、赤い透明な石が口から出てきた。


「宝石かなにかかな?」

「それは魔石だ!」

「必要なものなのか?」

「ああ、もちろん必要だ! 我らの食事のようなものだ」

「そうなのか。じゃあ、結構埋まってるんじゃないかなぁ」


 骸骨剣士やグールたちが湿地帯を見ても見つけられないらしい。霧が深いからだろう。


「取るか?」

「ああ、取ってくれ。報酬は弾む」


 砦の長である骸骨剣士に依頼された。砦で働くことになったが、冒険者とあまり変わらない。ただ、人の国にいた頃よりも植物がちょっとだけ大きくなった気がする。


「籠か何かあると集められるんだけど……」

「わかった。すぐに用意しよう」

 骸骨剣士の部下だという骸骨から籠を受け取って、歌が聞こえる方へと向かった。


 つるはしをマンドラゴラの脳天に突き刺し、引っこ抜いて背中の籠に入れていくだけ。マンドラゴラの歌は耳をすませば聞こえてくるので、面白いように取れ、すぐに籠がいっぱいになる。

 砦に帰ると、骸骨たちが空の籠を用意してくれているので交換する。

 砦では骸骨たちが、マンドラゴラを解体して魔石を取りだしていた。魔石が見つかるたびに歓声が上がっている。


「ラフレシアはもうないか?」

 グールたちが聞いてきた。自分たちも臭うから、ラフレシアの臭いがわからないらしい。


「いや、まだまだあるよ。ラフレシアの場所がわからなければ、棒かなにか突き刺しておこうか?」

「おう。頼むぜ」


 マンドラゴラを潰して引っこ抜いている隙間で、枯草に紛れてわからないラフレシアに拾った枝を突き刺していく。

 グールたちは勢いよく走ってきて嬉しそうに花びらの中にある溶解液を柄杓ですくっていた。虫やネズミの死体が浮いている溶解液を見ながら、「これが、いいんだよなぁ」「美味そう!」などと興奮している。

 魔物の好物はそれぞれだ。


 何度か砦と湿地帯を往復したが、一向にマンドラゴラやラフレシアが減る気配はない。

 さらに、遠くから何か視線を感じる。草国から誰かが見ているのか。人の国でマンドラゴラを潰したら、怒ってどこかへ逃げていった歩く人型の木を思い出した。


 砦と湿地帯を5往復くらいした頃、骸骨剣士の隊長に声をかけられた。


「まだ、あるのか?」

「うん。先の方まで埋まってると思うよ。歩くキノコも出てきたから、違う種類もいるかもしれないけどね」

「歩くキノコ! マタンゴか!」

「そういう名前なの? 潰したら、魔石が出て来た。潰しておくか?」

「もちろんだ。アイツよ。しばらく砦に滞在してくれ。寝床は用意するし、食事もちゃんと人間のものを吸血鬼たちに作らせているから」

「ん? いいけど……」

 俺はそのつもりだったが、骸骨剣士たちはすぐに音を上げて帰ると思っていたらしい。


「湿地帯の草を潰していって、向こうの国に怒られないか?」

「元々、我ら不死者の国の領地だ。草国に遠慮をすることはないぞ」

「わかった」

 草国からの視線は気にしないことにした。


「獣の気配はあるか? もしいたら、空を飛ぶ蝙蝠に言ってくれ。すぐに吸血鬼の部隊を向かわせるから」

「わかった」


 枯草を耳に詰めて、マンドラゴラに奇声を上げさせれば獣は気絶するんだけど、吸血鬼も何かした方がいいんだろうな。


 結局、その日は日が暮れるまで、マンドラゴラを潰し、ラフレシアの花びらを刈り取っていた。


「なぜお前に地中にいるマンドラゴラの声が聞こえ、ラフレシアの臭いで位置がわかるのか理解はできんが、学習能力は高いようだな」

 井戸で汗を拭っていると、女吸血鬼が声をかけてきた。

 砦ではグールたちが、ラフレシアの溶解液で酒盛りをしている。陽気な歌も聞こえてきた。


「よくわからないけど、これだけ喜んでくれたら俺も嬉しいよ」

「食事は用意した。こちらも食事がしたいのだが……」

 女吸血鬼はシャツのボタンを外して胸元をはだけさせた。ちょうど月明りが差し込み、吸血鬼の赤い瞳が輝く。生ぬるい風が吹いてきて、俺の身体を撫でていった。


「食事になるか、それとも我の奴隷になるか?」

 赤い瞳が一層赤くなり、何かを訴えているようだが俺にはよくわからなかった。

「あ、俺はゴリさんの準奴隷だから無理だよ」

「なっ! 吸血鬼の魔法が利かないのか!?」

 女吸血鬼は目を充血させて驚いていた。


「ごめん。なんの魔法を使った? 俺はまだ魔界に慣れてないから効かないのかもしれない」

「いや、こちらこそ過敏に警戒をし過ぎたかもしれん。我ら吸血鬼の王が、人間に騙され灰になった事件があったのだ。人はそれぞれ違うというのに、関係ないよな。疑ってすまない。気を悪くしたなら謝る」

「別にいいけど。たぶんそれは人の国の勇者だ。俺はその勇者の奴隷だったから、関係なくはないんだ。忘れられていたんだけどね」

「そうなのか!」

 夜になり、寒い風が吹いてきた。


「とりあえず、暑がりの俺でも寒くなってきたから、中に入ろう」

「ああ、そうだな」

 女吸血鬼ははだけさせたシャツのボタンを留めていた。


「夕飯はサーモンのムニエルと温野菜だが、よかったか?」

「ごめん。奴隷生活が長くて難しい料理名を言われてもわからないんだ」

「そうか。魚と野菜だ」

「そりゃ、美味そうだ」

 砦の中に入れば腐臭が香り、歓喜の歌が聞こえる。砦の兵士たちで嫌がる者はいない。


「吸血鬼の王について教えてくれる?」

「いいだろう。彼女は偉大な不死者の国にいた王の二世でね……」


 月明りが砦に差し込んでいた。

 夜が更けていく。

 


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[良い点] >雨後の筍状態  草国に竹があったら(いたら)、一大勢力の武闘派なんでしょうか(笑) 葛やハーブ系も気になります!
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