7話「職業懸案な奴ら」
朝起きると、すぐに布をローブのように着せられて、ゴリさんに呼ばれた。
「魔界じゃ布はかなり余っているから、ここに集まってくる。人間にとっては急に寝床が必要になった時とか重宝するから、マント代わりに持っていくといい。とりあえず、アイツは薪割りだな」
そう言って森に連れていかれた。すでに切り倒されている木がいくつかある。
「薪以外じゃ使えないから、切っちまってくれ」
確かに虫が食った跡がある。魔界では素材の質にこだわりがあるらしい。
ジルは別のところで働くらしく、ゴリさんとどこかへ行ってしまった。
とりあえず倒木を運んで輪切りにしていく。
カンカンと音を立てながら乾ききった木を切っていると、骸骨たちがこちらの様子を見に来た。見ているだけで、何かをしてくるわけではないらしい。
別に仕事の邪魔になるわけでもなく放っておいたのだが、いつしかかなり近づいてきている。生きている獣と違い息遣いがないので、音もなく近づかれると気が付かない。
「おう、相変わらず仕事は早いんだな」
ようやくゴリさんが戻ってきた。
「ジルは何の仕事をやってるんだ?」
「やましい仕事じゃない。封魔の魔法陣を書く仕事さ。これだけ技術が発達しても未だに手書きなんだから、あればっかりは人数でやらなきゃどうにもならんのだろう」
「そうか」
「なんだ? 心配してんのか?」
「仲間だから」
「まぁ、厳しいけど金でごまかすようなところじゃない。ちゃんと技術は教えてくれるさ。ところで、こいつらは何をしてるんだ?」
ゴリさんは骸骨たちを指さした。
「知らない。仕事を見ているだけみたいだから、放っておいてる」
「おい! お前たち、別に魔法で木を切るわけじゃないんだから、近づいても魔力は出ないぞ!」
ゴリさんが追い立てていたが、骸骨たちは数体こちらを見ていた。
「ダメだ。職案の奴らだ」
「なんだそれ?」
「職業のアイディアを考える機関さ。アイツの仕事を見て、なにか考えてるんだろう。気が向いたら採用してやってくれ」
「飯は出るのか?」
「ん~、ほとんど携帯食が半分以下になると思ってくれ。100回採用して1回でも当たればいい方だ。骸骨は生産力低いからな。アイディアでどうにかしようっていう奴が多いんだ」
「へぇ」
「あ、読み書きとか計算が知りたければ、奴らに聞くといい。生前から意味のない知的労働は得意だ」
「そうか! 骸骨にも肉があった頃もあるんだよな」
「あるさ。死んでも大丈夫だと思っている者が多いから、何か貰ったものは食べるなよ」
「わかった」
「じゃ、運ぶぞ」
「うん」
割った薪をまとめてゴリさんが持っている背負子に乗せた。ゴリさんが、その辺の枝で背負子を作ってしまう。
「魔法使いだった頃よりも子供だった頃の知識の方が魔界ではよく使うんだ」
俺も薪を積んだ背負子を背負い、近くにある炭焼き小屋へ向かった。三角屋根が地面に埋まっているような形をしている炭焼き小屋では、すでに骸骨たちが仕事をしていた。
ゴリさんが骸骨たちを取り仕切っているのだという。
「長く住んでると仲良くなっちまってな。骸骨にしては、仕事をする奴らさ」
ゴリさんがそういうと、「早く寄こせ」と背負子から薪を次々に持って行ってしまった。俺の背負っている薪もどんどん骸骨たちが運んでいく。
骸骨たちは重いものを運んだり、武器を扱ったりするのは得意じゃないが、細かい作業や計算などは得意なのだそうだ。
「アイツが来てくれたから、作業が一気に進む。骸骨たちはワーカホリックが多いから、影響されないように自分のペースで薪を運んでくれ」
俺が「ワーカホリックってなんだ?」とつぶやくと、薪を持って行ってくれる骸骨が「仕事のしすぎ」と教えてくれた。
「話せるのか!?」
「無口な奴は多いが、話せないことはない。魔力を使うから、面倒なだけだ」
俺には魔力がどういうものか知らないが、魔法で使う力だろうということはわかる。
「魔法があるのに、炭は使うのか?」
「使うさ、そりゃ。肥料に混ぜる奴もいるし、魔法を使うと爆発するような坑道もある。あとは獣魔の連中は未だに魔石を使う暖房器具が嫌いだし、魔力の多い燃料は事故も多いから好まない奴らもいるんだ。技術的に退化しているように見えて、隙間の需要を見つけると魔界では食えていけるぞ」
魔界ではアイディアが重要なようだ。そもそも商売もしたことがない俺にはアイディアを思いつけるような気がしない。
「まぁ、仕事の合間に考えてみることだ」
その後、薪を割って運び続けた。
薪は炭焼き小屋で炭になり、冷えたらまとめてヤギに乗せ、獣魔たちによって運ばれていくらしい。ヤギを貸してくれる商売もあるのだとか。魔界ではなにが商売になるかわからない。
「お前は何かおかしい」
「大丈夫。それが資産になる」
骸骨たちは薪を持っていく度に、剝き出しの歯をカタカタと鳴らして笑っていた。
資産と言われても、腕についている臭いのしない革の腕輪のことしか今の俺にはわからない。
「変わらないと血が入れ替わらない、か……。仕事が終わったら毎日、ちょっとずつでいいから資産について教えてくれ」
近くにいた骸骨に聞いてみた。どうせすぐに俺の頭に入るわけがないので、ちょっとずつわかるようになりたい。
「魔石のジュースを奢ってくれるならな」
「なんだ、それ?」
「普通の魔石でもいい。魔物を狩ると出てくる赤い石だ」
「獣を狩ると後処理が面倒なんだよ」
「獣じゃない魔物もいる」
「あ、そうか。動く石や歌う草、動く木は俺でも討伐できるぞ」
俺は斧とつるはしを骸骨に見せた。
「ちょっと待て! ゴーレムとかトレントのことか?」
「あ、そういう名前だったな」
「お前は草国と石国の天敵かよ。職業懸案の奴らにも聞いておいてやる」
「ありがとう」
俺はお礼を言って、仕事に戻った。仕事は木を割って薪にして運ぶ。
10年やってきたことと変わらないので、難しいことではなかった。ただ、時々骸骨たちから、「水はいいのか?」「おやつは?」と聞かれるくらい。ゴリさんから、骸骨に貰っても口に入れるなと言われているので丁重に断っておく。
日が落ちる頃に、ゴリさんが水袋を渡してきた。
「水も飲まずに仕事をするな。時々、休憩して仕事をした方がいい」
「わかった。骸骨たちから木の実とか貰ったけど、食べるなって言われてたから」
「ああ、そうだったな。大丈夫だ。炭焼き小屋の奴らはお前を始末しようなんていう奴はいない」
ゴリさんに言われて、骸骨に貰った干した木の実を食べてみた。
口に甘さが広がり、頭に血が巡っていくのがわかる。甘さで口が痺れそうだったので、水で流し込んだが、水まで甘く感じた。
「甘いだろ?」
「すごい! 木の実を干すとこんなに甘くなるのか?」
「蜂蜜に漬け込んだんだ。骸骨たちは食べないけど、俺がよく食べてるからお前にも勧めたんだろう」
甘いものに甘いものを漬け込むなんて、ゴリさんは悪魔に目を付けられるんじゃないかとすら思った。
「それより聞いたぞ。アイツはゴーレムとか植物系の魔物なら狩れるのか?」
「血が出なくて腐らなければ狩れる」
「変わってんなぁ」
「そうかな。人の国でも言われた」
「だから、あんなに金貨を持ってたのか。アイツ、お前はもしかしたら、違うところで仕事をした方がいいかもしれん。明日はそっちに行くか?」
「でも、俺、炭焼き小屋の骸骨と資産について教えてもらう約束をしちゃったんだけど……」
「え?」
「いや、魔石のジュースの代わりに資産について教えてもらおうって……」
ゴリさんはみるみる顔色を変えて、骸骨たちの方を振り返った。
「こら! 大した資産もない奴が新人を騙すな! アイツ、いいか? 魔石のジュースはこいつらにとっては高級なワインみたいなもんだ。報酬として出すには高すぎる。資産の運用については俺が教えてやるよ。市場価値についてもな」
さっぱりわからないが、ゴリさんが教えてくれるなら安心だ。「今日の後片付けは全部骸骨たちにやらせる」と言って、俺とゴリさんは塔に帰った。
「まずは自分が一日に食べる飯の量を考えてみてくれ」
今日も携帯食と固形スープで夕飯を作る。そのうちジルも帰ってくるからと、固形スープは3人分用意しておいた。
水を温めている間に、文字と数の書き方をゴリさんから教えてもらった。紙と細い木炭も用意してくれる。「出世払いだ」とゴリさんは言っていたが「出世」が何かはわからない。偉くなることかな。
「人の国でも奴隷だったんだもんな。これから覚えればいい」
日が落ちても、魔石ランプがあったお陰で、書く練習はできた。
数字が書けるようになると、今度は足し算と引き算を教えてくれた。自分が割った薪を数えていたこともあって、それはすぐにできるようになった。
「収支のバランスを見て……。入ってくるお金から、食費を引いてマイナスにならなければいいんだから」
ゴリさんが言うように引き算をすると、だいたい俺はひと月30日で銀貨3枚あれば十分らしい。一日二食でも銀貨5枚くらい。
俺の腕輪の中には、3年分くらいの食費があるらしい。
「アイツはどこでもやっていけるんじゃないか?」
「そうかな。でも、斧が壊れたりつるはしが壊れたりするかもしれないだろ」
「予備費を含めると2年ってところか。骸骨たちの言う通り、アイツは旅に出て、いろんな商売を見た方がいいかもしれない」
「骸骨たちがそんなことを言ってたのか……?」
「ああ。アイツはなにかおかしいから、魔界を回ってからでも炭焼き小屋は遅くないってさ」
ジルが帰ってきたのは、日が落ちてしばらくしてからだった。
「魔界はすごい! 人の国で使われているほとんどの魔法が意味をなさなくなるのよ!」
帰ってきて早々、ジルは興奮していた。
「どうしたんだ?」
「今まで私がやってきたことが何だったんだって思うくらいには、ひっくり返ったわね!」
ショックを受けたのはわかるが、なぜか落ち込まずに興奮している。よほどすごいものを見たのだろう。
「ジル、何を見たんだ?」
「封魔の魔法陣のスクロールよ。魔法も魔力で起こした現象もなんでも封じ込められて、好きな時にたった一本足して魔法陣を崩せば解放できるの。わかる!? このすごさが!」
「わからないけど、すごいことなんだな!」
「そう! ゴリさん、封魔のスクロールって魔界のどの国でも作ってるんですか?」
ジルがゴリさんに詰め寄っていた。
「いや、不死者の国の特産だな。インクも特殊だったろ?」
「ええ。もし印刷しても滲まないインクを考えられれば、魔界が変わるって言われました」
「だろうな。何体もの骸骨たちが事故で粉に変わってるが、誰もが挑戦を止めない」
「やっぱり、そうなんだ……」
「肉のあるうちにやってみた方がいいかもしれないぞ」
「それも言われました」
ジルは興奮したように、こぶしを握っていた。
「とりあえず、飯にしよう。アイツも明日から違うところに行く予定だ」
「そうなの?」
「うん。違うところの方が、資産が足されるって……」
「ジル。お前も人が悪いぞ。アイツは獣を倒せないけど、植物系の魔物やゴーレムは倒せるんじゃないか」
「あれ? 言わなかったですか?」
こうして魔界2日目は終わっていく。
窓から空を見上げれば人の国と同じように星は瞬いているのに、俺もジルも全く違う人生を歩み始めていた。