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6話「かつて勇者だった者たち」


「元々、俺たちは故郷で冒険者をやっていた。魔物が出ても逃げ出すような三流でね。倒れた魔物や冒険者から金になるようなものを拾い集めるようなスカベンジャーさ。当たり前だけど、評判は悪い。そのうちに、どこに行っても拾い物を買い取ってくれるところがなくなった」

 ゴリさんは訥々と話し始めた。


「どうにもこうにも生活できなくなって、見つけたのが、お前たちが抜けてきた道さ」

「あの穴の大通りをゴリさんたちも抜けて来たのか?」

「そうだ。もう20年前になるかな。俺たちは魔界に亡命したんだ」

 亡命というのは「国から逃げ出して、違う国に行くことよ」とジルが教えてくれた。

「魔界で人間を見ても非常食か労働力のどちらかでしかない。それがよかったんだと思う。不死者の国から、葉国、石国に鬼国、竜国、獣魔道、どの国にも行けた」

 魔界にはいろんな国があるらしい。

「今、私たちがいるこの国は?」

「不死者の国だ。吸血鬼、骸骨、腐肉喰らいが住む地域でね。お前たちの言う勇者が倒したのはその中でも小国にいる吸血鬼の長さ」

「不死者なのに死ぬのか?」

「灰に変えたんだ。痴情のもつれでね」

「吸血鬼と恋仲になったと?」

「死者ばかりで生者のいない国では、俺たちは目立っていたからな。まだ若かったし、技術の吸収力も違った。それを、まだ長になっていなかった吸血鬼に見初められた。そこからはほとんど俺とは別行動だったからよくはわからんが、奴隷なんか買っていたということは何度か故郷に帰っていたみたいだな。もしかしたらその辺にこじれた理由があるかもしれん」

 ゴリさんは俺の方を見ていた。

「不死者の技術って、霊媒術とかのことですか?」

「それは何世代も前の話だ。自分たちがどうして眠らされたのかわかってないのか?」

「毒か?」

 俺はまだ酒臭い腰巻を見た。

「その通り。死ぬことはないから、いくらでも錬金術で薬も毒も作れる。先代の不死者の国の王がやり手でね。危ない魔法を封じ込める魔法陣の開発に、遠隔地でも手紙を瞬時に送れるクリスタルを広めたのも先代の功績だ」

「え!? クリスタルって不死者の技術なの?」

 ジルが驚いていた。

「ああ、そうか。そっちの国じゃ勇者が広めたことになってるのか?」

 ゴリさんの質問にジルは頷いて返していた。

「何百年も死なない学者が何度も実験を繰り返せば知恵は深くなり、死んだ技術者を蘇らせていけば知識は集まる。当たり前のことだろ」

「そうだけど……」

「勇者が、ただ魔界の技術を盗んだだけの偽者でがっかりしたか?」

 ジルは何も言わず両手を見つめていた。


「がっかりした! まさか自分の元主人が、勇者を名乗っているだけの偽者だったなんて……。なんだかやりきれないよ!」

 俺は正直に吐き出した。吐き出さなければ、ずっと胸にもやもやしたものが残りそうだったからだ。

「魔物を率いて人の国に侵攻する魔王を、精霊から加護を受けた勇者が倒したわけではないのですね?」

「魔界にいるどんな小国の王も、僻地にいる人間のことなど奴隷としか思っていない。よくて非常食だ。精霊がいるなら、魔界に来てくれ」

「ですが、先日もゴブリンの群れが侵攻してきたと噂があります」

「ああ、頭が悪い鬼の盗賊団がわけもわからず、乗り込んでいっただけだ。人の国には何もないからな」

 ジルはがっくりと肩を落とした。


「わかったなら、人の国に帰って、何も言わずに生活をしてな。ここはお前たちが来るようなところじゃない」

 ゴリさんは薪をぼうぼうと魔法で燃やし始めた。

「それじゃダメだ! 俺たちは魔界に来て勇者の嘘を知っちゃったんだから。ジル、どうにかならないのか!? 魔法使いだろ?」

 立ち上がってジルに問いただした。

「魔法でもどうにもならないことはあるわ」

「勇者がついた嘘を現実にできないのか?」

「どれだけ嘘を並べても現実にならないのよ。すべての魔物をまとめている魔界の統一王はいないの。その時点で、私たち人間が立てたストーリーは夢物語よ!」

「ゴリさん、誰か統一しないのかい?」

 すがるような思いで聞いてみた。

「どの国も戦略を立てて魔界の統一を目指したこともあったらしいが、今はほとんど経済戦争と化しているな。はっきり言って侵略戦争を起こしても、難民が生まれるだけだし、戦争にかかる費用に見合う土地はない。クリスタルによって情報は筒抜けだし、今はどの国もそれぞれ違う抑止力を持っているから無理だな」

 もやもやしたものがずっと体にのしかかってくるようだった。人はこれからもずっと嘘を信じ続けて死んでいくだけなのか。

 何かが引っかかる。今まではジルの言うことや、教官の言うことをやっていくだけでよかったが、今は言われたことをやっていくだけじゃいけない気がする。

 自由になったのに、いつの間にか故郷で真実を語ってはいけない約束をさせられているような……。

 どうにか糸口がないか。


「どうして、ゴリさんは真実を知っているのに、魔界に住んでるんだ?」

「自分たちが勝手に作ったストーリーに酔いしれている者たちを見ているのはつらいだけだ。今のお前たちは俺からの話を聞いただけで、魔界の現実を見ていないから引き返せる」

 確かに腹いっぱい食える人の国に引き返せるかもしれない。真実を黙って偽りながら暮らせるだろうか。嘘を信じている人から報酬を貰って笑えるだろうか。

嫌になって、また誰も来ないような生活に戻るんじゃないか。

脳が腐り、血が入れ替わらない生活に……。


「ゴリさん。頼む。これ以上、脳が腐るのはごめんだ。魔界の現実を見せてくれ」

 手を地面について頼み込んだ。


「……変な奴だな。名前は?」

「アイツ。裸のアイツと呼ばれたから、アイツ」

「名前も変だ。その斧とつるはしで生きて来たのか?」

「そうだ。奴隷から解放されたのは数日前で、それまでずっと薪を割って、鉄鉱石を掘りながら生活していた」

「ちょっと見せてみろ」


 俺は近くにあった薪に使う丸太を切って見せた。足りないかと思って、近くの木を伐り、枝を払い、丸太にして、薪にする。


「才能か。それ以外の能力を制限されていたのか」

「でも獣を切るのは苦手だ」

「一芸あれば十分。そっちのお嬢さんはどうする?」

「私も魔界にいさせてください。人の国で冒険者を続けていくのは限界だったから、アイツについていくことにしたんです」

「魔法は?」

「全般使えますが、賢者と呼ばれるほどではありません」

「人の国の魔法は、それほど意味がない。俺よりも石国でゴーレムの整備をしている奴隷の方が魔法は上手いからな。字は書けるんだろ?」

「書けます」

「なんとかなるか。よし、後悔するなよ。金は持ってんのか?」

「少なからず……」


 ジルが財布の袋の中を見せていた。


「金貨もあるならまずは口座からか。あ、それ俺がいいと言うまで誰にも見せるなよ。魔界じゃ、そんなに現金を持ってる奴なんていない。またアホな盗賊が腕を切り落として奪っていくぞ」

「え? じゃあ、どういう仕組みで売買を……」

「ついてこい」


 ゴリさんは俺たち二人を連れて、森の奥へと進み始めた。

 人の骨が藪から出てきても、手を上げて挨拶するだけ。戦うことも毒のボトルをかけられることもない。


 森を抜けた先には魔石のランプで彩られたいくつかの建物があった。町のように建物が密集しているわけではないが、道にはゴミが落ちていない。


「街灯があるなんて……」

 ジルは道の脇にあるランプに驚いていた。人の国では王都でしか見たことがないそうだ。


「魔界では田舎でもこんなもんだ。あれは魔石じゃなくて油だけどな」


建物は、人の国にあったどの建物よりも頑丈そうで、何でできているのかわからない。木材なのか石材なのか、俺が見たこともない技術のようだ。

近づくと扉がひとりでに開き、人の骨が招き入れてくれる。


「新規顧客だ。2人分よろしく頼む」


 ゴリさんがカウンターの奥にいる人の骨に告げた。


「手を台に乗せてください」

 人の骨に言われ、俺もジルも台に手を乗せた。次の瞬間、台が光った。


「骨の形を記録されたんだ。あんまり骨折しないようにな。ジルと言ったな。財布を渡せ」

「え? はい」


 ジルは財布の袋を台の上に置くと、人の骨が取ってどこかへ行ってしまった。


「あの、ここは……?」

「魔法の銀行だ。金と銀の含有量を調べに行っただけさ。ちゃんと資産に反映される」

 ゴリさんに説明されたジルにもなにがなんだかわかっていないようだ。ジルにわからないことが俺にわかるわけない。


 その後、名前を聞かれ、何でできているのかわからない腕輪を渡された。曲げても叩いても壊れにくい革のようだが、臭いがない。


「常に手首に付けている奴もいるが、隠しておく奴や指輪にする奴もいる。形は人それぞれだが、それが持っている資産の代わりになる」

「では、食事や宿もこれで払えるということですか?」

「銀行に預けた分だけは使える。本人だけしか使えないから強盗に遭って盗まれても、強盗は使えない」

「銀行に強盗が入ることはありますか?」

「銀行もそんなに現物を支店に置かないさ。魔界のどこかにクリスタルに記録してるから、それが書き換わらない限り保証されている」

「魔界のどこかって?」

「それはわからないようになっている。大資産家でも自分の資産の場所がわからない」


 まったくわからないが、これで俺たちは魔界で暮らす一歩を踏めたらしい。


 俺たち3人は建物から出た。


「さて、この国で食事をするのは結構大変なんだ」

「皆、骸骨ですもんね」

「その通り。でも、ほら、あそこに獣の顔をした男がいるだろ。獣魔の者たちはちゃんと肉や野菜を売っている」

 ゴリさんが指さす方を見ると、確かに猪の頭をした男が暇そうに肉や野菜を売っていた。買っていく人の骨はいない。骨には必要ないからだろう。


「ゴリ。相変わらず炭臭いな!」

 猪頭にゴリさんが笑われていた。

「携帯食を三つ。それから固形スープもくれ」

 ゴリさんは腕輪をポケットから取り出して台に置いていた。本当に金貨や銀貨で売り買いするわけではないらしい。

 猪頭は紙袋に、小さな四角い何かをポイポイと入れていた。

「そいつらは?」

「新しい奴隷だ。時々、飯を買いに来るから覚えておいてくれ」

 いつの間にか俺たちは奴隷になっていたようだ。せっかく解放されたというのに。ただ、ジルも黙って笑っているので、同じように俺も笑っていた。

「大丈夫なのか?」

「ああ、人の国から逃げ出してきた奴らさ。行く当てはない」

「炭の臭いに嫌気がさしたら、獣魔が使ってやるぞ。荷運びができればいいんだからな」

 猪頭は牙を見せて豪快に笑って、紙袋をゴリさんに渡していた。



 買い物を済ませて、森の中にある古いゴリさんの家に向かう。

「うちは古くて、今は改修工事中なんだ」

「ゴリさん、俺たちは奴隷になったのか?」

「当たり前だが、仕事をしないと飯は食えないし、金は減っていく一方。でも、人間を好んで雇うような魔物もいない。仕事を見つけるまでは、俺の準奴隷としていた方が楽だぞ。攫われて、毒の実験台になりたくはないだろ?」

 俺もジルも大きく頷いた。


「さ、ここだ。寝床は勝手に作ってくれ。布なら倉庫に余ってる」


 ゴリさんの家は、見上げるほど大きな塔だった。火事でもあったのか、3階の半分が崩れて黒く変色している。

 倉庫は1階にあり、厚手の布を持って2階に行った。


「広い」


 冒険者ギルドの食堂と同じくらいの広さで、手前には絨毯が敷かれていた。寝床としては十分すぎるほどだ。窓際に一人用のテーブルと椅子が置かれている。


「滅多に客は来ないんだ。男の一人暮らしなんてこんなもんだよ」


 奥に台所があり、ゴリさんが先ほど買った飯を用意してくれた。

 猪頭から買った携帯食は硬いパンで、固形スープをお湯に入れると美味しいスープになった。どちらも食べたことはない味だったが、問題なく美味しい。

 

「携帯食は腹持ちがいいんだ。明日から、職探しだ。しっかり寝ておけよ。死者と違って血が通ってるんだからな」

「「はい」」


 魔界の1日目が暮れていく。

 俺は丸1日起きているからすぐに寝床に入って目をつぶったが、ジルはゴリさんと話をしているようだ。


「思えば、あの男が人の国に帰る前、久しぶりに俺に会いに来たことがあったんだ。一緒に帰らないかと誘われたけど、今さら帰るつもりはなかった」

 酒の匂いがするからゴリさんは飲んでいるのかもしれない。

「去り際に、種は撒いておいたと言っていたがアイツのことだったのかな」

「わかりません。ただ、アイツには……」

 ジルの言葉を聞く前に、俺は眠ってしまった。



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