5話「暗い地下の光」
朝方、隠れるようにして馬車に乗り込み、町を出た。俺の顔が割れているので、町の人たちが引き止めに来ると髭の教官は言っていた。
「町では知らない人を引き止めるのか?」
ジルは眠そうにして正面に座っている。
「金の成る木を手放したくはないのよ。もっと稼いでから町を出てもよかったんだけどね」
「実績ってやつか?」
「そう。田舎の小さな町で実績を積むより、いろんな場所で自分の売り方を学んだ方がいいわ。アイツは冒険者として新人だからね」
「そうか」
いい肉、いいパン、いいスープのためには仕事をしなければならない。
実績を積むと、報酬が上がり、もっといいものが食べられるらしい。報酬は金貨や銀貨のことで、食べ物と換えてくれる。
そういえば、町では奴隷も売られていた。銀貨で買えるらしいが、育てるのに時間と報酬がさらに必要なのだとか。俺も奴隷だったが、大変なことを勇者はしていたようだ。
駅馬車に揺られ、馬車を乗り継いでいく。
こんなに町があるのかと驚いたし、そのうち世界を埋め尽くすんじゃないかと思うくらいに人もいた。それぞれに職業があり、日々報酬を得て生活をしているのかという。想像すらできない。
「それでいいのよ。私も知らない職業があるもの。アイツの特殊専業冒険者なんて聞いたこともなかった」
俺の職業は、冒険者の前に難しい言葉がいくつかついているので珍しいと鑑定士が昨日教えてくれた。
「その人にしかできないということは需要さえあれば、報酬の金額を上げられますからね」
たくさん金貨銀貨を貰えるのだとか。確かに金貨や銀貨は腐らないのでいいが、重いし音がうるさいのでジルに預けてある。
「私が持ったまま逃げるかもしれないじゃない?」
「走ったら金貨の音が鳴るからわかるよ。もしかして魔法使いだから、走らないで移動する方法があるのか?」
「飛ぶのは道具がいるから大変なのよ。だったら、もっと簡単に音が出ない魔法を使うわ」
「そうかぁ……。ジル! 逃げるつもりか?」
「今逃げても仕方がないわ。アイツといた方が報酬に困らないし、面白いものが見られそうだからね」
わざわざ仲間と別れて、俺についてきたのは凝り固まった考えを変えるためだとも言っていたが、詳しくは知らない。人それぞれ目的は違うが、毎日同じ状況にいると動けなくなって脳が腐るのだと教えてくれた。
恐ろしいことを言う。
俺は毎日同じ状況にいたから相当腐っているかもしれない。
「アイツは大丈夫よ。新しい環境をたくさん見て血が入れ替わってるから」
頭を抱えて心配していたら、ジルが肩を叩いてくれた。
「入れ替わってる!?」
「そう。毎日食べて出してるでしょ」
「なんだ。それで替わるんなら、ずっと替わってる」
ジルは時々不思議なことを言うが、そこが面白いところだ。
ただ、馬車の外には見たこともないほど大きな池や、どこまでも続いている山が見えていて、ジルとの会話どころではなかった。
大きな滝を見てから、半日後経ってようやく目的の町に辿り着いた。馬車には2日も乗っていて、降りても揺れているような感覚だった。
「近いかと思ったけど、橋が落ちていて時間がかかっちゃったわね」
大回りをしたのだと言っていたが、俺としてはいろいろな景色を見れてよかった。
「ギルドによって宿を取りましょう」
町の冒険者ギルドは宿の隣にあった。町は建物が多く、同じ服を着た兵士が多い。砦が近いのだそうだ。砦は敵からの攻撃を守るための建物だとジルが教えてくれた。
「お待ちしておりました」
俺が誰かもわからないはずの受付の女性が迎えてくれた。
「見たこともない奴を待っていたのか?」
「ええ、クリスタルで連絡は受けていますから」
クリスタルで遠い場所とも会話ができるらしい。水晶は見たことがあるが、そんな機能があったとは知らなかった。
「魔法の道具よ」
ジルが教えてくれたが、使い方は魔法の心得があるものでしかわからないという。
「宿は取ってございます。準備ができ次第、すぐに現場に向かいますか?」
「お願いします」
魔法使い同士、受付の女性とジルは気があうのかもしれない。
身体を動かしていなかったので、筋肉が動かしにくかった。
「準備は出来てるから、現場に行ってみる?」
「よし、行こう!」
町を出て、坂を下っていくと、草原の真ん中に布でできた小屋が建てられていた。中には鑑定士に似た格好の人たちが地面を少しずつ掘っているらしい。
「一気に掘っちゃダメなのか?」
地面を小さなつるはしで掘っている鑑定士のような人に聞いてみた。眼鏡をかけている女性は皆、鑑定士に見える。
「住居跡なの。冒険者さん?」
「そうだ。依頼を請けて来たんだけど……。こんな小さな岩は上手く掘れないかもしれない」
「それなら大丈夫よ。地下に通路があるから、そっちに行ってみて」
「わかった」
言われた通り奥に行くと井戸があり、男の鑑定士が下におろしてくれるという。
「冒険者さんが来たぞ!」
井戸の穴に向かって声をかけていた。
「おう!」
穴の中には昼のように明るい。
ジルと俺がロープを伝って下りていくと、やっぱり眼鏡をかけた男の鑑定士がいた。
「鑑定士しかいないのか?」
「へ? ああ、そう見えるか? 暗い中で作業をしていると、目が悪くなるんだよ。鑑定士じゃなくて学者なんだけどな」
学者は笑って教えてくれた。
地下は今まで見たどんな洞窟よりも広かった。部屋がたくさんあって、町の大通りのような通路が伸びている。それぞれの部屋で作業をしている学者たちの会話が聞こえ、料理の匂いもする。
夜の町だと言われたら、信じるかもしれない。
大通りの奥が岩で塞がれていて、先が通れなくなっていた。
「封じられていた魔法も解除できた。あとはこの岩を砕くだけなんだけど、全然砕けなくてね」
岩には細かい傷があった。小さなつるはししか持っていないのかと思ったが、ちゃんと大きなつるはしも持っているようだ。
「人数を増やしてもダメだったし、魔法や大きな道具を使うと岩盤が崩れてきてしまうかもしれない。にっちもさっちもいかなくて、専業の冒険者がいてくれて助かったよ」
「そうかもな」
大きな岩なので声が小さいのもあるだろう。
「少し時間がかかるけど掘っていいのか?」
「頼みます」
学者はその場から離れて、明りを灯してくれた。空気がなくなるから火を使わず、魔石を光らせているのだとか。ここにも魔法使いがいる。
「ジル、砕いた石を運ぶのを手伝ってくれ」
「ええ、私も少しは仕事ができるところを見せておかなくちゃね」
岩の呼吸を聞いて、光る箇所を探す。
中から小さい声がたくさん聞こえるが、表面にはなかなか出てこない。
とりあえず、わずかな光を元につるはしを振り下ろしていく。
カン……! カン……!
地下だから、音が壁にぶつかって跳ね返っていった。
ボロッと初めの石が剥がれ落ちたのは、しばらく経ってからだった。すでに汗だくになっている。
「難しいの?」
「ゴーレムよりは難しいよ。壁の岩が崩れると押しつぶされちゃうだろ。岩同士が影響しあってるんだ」
ゴーレムは勝手に動いているだけだから簡単だけど、岩同士は結びつきが強い。
「ここから先は声も大きいし、割と楽になるけどね」
「だったら、少し休憩をしましょう。外はすっかり夜中よ」
「気づかなかった」
地下から引っ張り上げてもらって、スープとパンを貰った。パンが少し酸っぱいがスープに浸けると腹が喜ぶほど美味かった。
「続ける?」
「ああ、とりあえず人が通れるくらいの穴だけでも掘っておきたい」
ジルは「宿を取った意味がないわ」と笑っていた。
学者たちも町に帰る予定を止めて、持ち運び可能な寝床を用意していた。寝袋と言うそうで、世の中には便利なものがある。草原は星が降ってきそうなほど空気が澄んでいたから、寝るにはちょうどいいかもしれない。
夕飯後、再び地下に潜り、大通りの奥の岩を掘り進める。
表面の石を引きはがせば、光る箇所も増えて、そのままつるはしを振るうだけで次々に平たい石が剥がれていった。
大きくはがれてしまうと、持っていくことができないので、大通りの隅に置いて後で割ることにした。ジルも学者も汗をかきながら石を運んでいる。筋肉はなさそうなのに、ちゃんと力が出ている。きっと骨が強いのだろう。
岩を砕き、人が通れるほどの穴が空いた頃には、全員地下で寝ていた。
「ジル、穴が空いたよ」
「ん? ああ。お疲れ」
「向こうを確認する?」
「そうね」
のそのそとジルは起き上がり、鞄を持って立ち上がった。学者たちは静かに寝息を立てているので、その間に危険がないか調べておく。それもまた冒険者の仕事だとジルが教えてくれていた。
近くにあった魔石ランプを借りて、岩に空いた穴の奥へと向かう。
塩とカビの匂いのする通路があった。大通りと同じくらい広い道があるが、魔物の骨や石が積み重なっている。カビはそこに生えているらしい。
壁には魔石ランプの明りを受けて光り始める苔もあった。緑色の苔の光が奥まで続いている。
骨を退けながら進んだが、生きている獣の気配はない。
「魔界まで続いているかと思ったけど、違うようね」
相当先まで進んだが、まだまだ道が続いている。
「疲れた? 夜通し作業をしてるから休んでもいいけど……」
「大丈夫。水だけくれ」
水を飲んでさらに進む。危険な罠などはすでに崩壊していて落とし穴がぽっかり空いていたりするが、見えていれば落ちることもなかった。
歩き続けて、どのくらい経ったかわからないが、ついに出口の壁まで辿り着いた。
何かがあるわけではなく、薄い石の板のようだ。
つるはしを振り下ろし、石を割る。
ガコンッ!
あっさり石の板が崩れ、青い空が見えた。
夜は明けていて、森の中に日が差し込んでいる。
大通りの先には森があったらしい。
石の柱が数本立っていて、柱に寄り掛かるように人の骨が転がっている。
外に出てみると、新緑の香りがした。どこかの洞で酒ができているようだ。
「獣の音はするけど、どれも小さい。どうする……?」
パシャン!
振り返ると、ジルが液体を浴びていた。目がうつろになり、白目を向いている。
「毒!?」
パシャン!
柱に寄り掛かっていた骨がこちらに瓶を投げつけていた。
動くはずのない人の骨が動いている。こちらの骨は死んでも動くのか。初めて知った。
毒の臭いを嗅いでいるうちに、頭がぼぅっとしてきて眠ってしまった。
「……ようこそ魔界へ」
「まさか、その眼帯……! あなたは賢者・ゴリドール!」
ジルの大きな声で目を覚ますと、煤で汚れた服を着て左目に眼帯をつけた中年男が切り株に座っていた。焚火に薪をくべている。
「随分古い名だ。魔界ではただの炭焼き小屋の親父、ゴリさんだ」
「だって、勇者の仲間だったんじゃ……」
「そうか。あの男は故郷じゃ勇者と呼ばれているのか」
「違うのか?」
俺はそう言って起き上がった。身体を確認してみたが、特に傷があるわけではない。ジルも服が汚れただけで、怪我はなさそうだ。
「起きたな。斧とつるはしなら、そこにあるぞ」
斧もつるはしもちゃんと俺の傍に置いてあった。
「俺は勇者の元奴隷だ。俺を買った人は勇者じゃなかったのか?」
「本人に聞いてみろ」
「勇者は死にました。魔王を倒して3か月後に」
ジルがそういうとゴリさんはじっと黙って、焚火を見つめた。
「そうか。なら、俺が教えても文句はないか。わかった。教えてやろう。この魔界で起きた真実を……」