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3話「初仕事と嵐の気配」


 起き上がると、透明な壁こと窓から赤い光が漏れていた。

 窓を開けて空を見上げると、夜が明けていくところ。腹は満たされていて、斧とつるはしはある。

 ジルに言われるがままついてきて冒険者になったはいいが、この先このままで大丈夫なのか。


 コン……、コン……。


 宿の近くで薪を割る音が聞こえてきた。

 音の鳴る方に近づいていくと、昨日相手をしてくれた髭面の教官が裏庭で薪を割っていた。自分の切りたいように切っていて、あまり上手く薪を割れていない。声を聞いていないのか。


「なんだ? 薪を割るのがそんなに面白いか?」

 革の鎧もしていない髭面は仕事を見られるのが嫌なのかもしれない。

「薪を割ったら、パンを食わせてくれないか?」

「あ? ゴーレムを倒して金をたんまり稼いだんじゃないのか? ……仲間とちゃんと報酬については話し合った方がいいぞ。まぁ、いい。パンくらいなら奢ってやる」

 じっと見ていたら、薪割りを代わってくれた。


 どれくらい割ればいいのかは知らないが、とりあえず見えている分は全部割ってみせた。

「これで全部か?」

「あ? ああ……、十分だ」

 そう言って髭面はなぜか笑っていた。


「お前がゴーレムを倒したんだな?」

「動く石のことか? まぁ、あれだけ石が騒いでいたら、掘れない方がおかしい」

「その腰蓑の毛皮も自分で獲った奴なのだろう?」

「いや、これは買ってもらったもので、俺は獣が苦手なんだ。血が出るし、内臓は腐るだろ。斧に脂も付くし、用意にも後始末にも時間がかかる。何より騒がしい。その点、木や石は静かでその辺に置いていても逃げない」

「獣が苦手だなんて、お前、見た目とは裏腹に冒険者に向いてないな」

「やっぱりそうか!? 薪割りか採掘の仕事があればなぁ……」

「ゴーレム専門、いや、植物系の魔物なら倒せるのか?」

「植物系の魔物なんているのか?」

「いるぞ。よし、俺がパン食わせながら教えてやるよ」

 髭面の教官は意外に優しく俺を食堂パラダイスに連れて行って、パンだけじゃなくスープまでごちそうしてくれた。

なんていい奴だと思っていたら「教官と呼べ」と言ってきた。


「教官、獣嫌いの俺にも倒せる魔物を教えてくれよ」

「いいだろう。アイツ、お前はゴーレム、いや動く石なら倒せるんだよな?」

「倒せるっていうか掘れるだろ。石なんだから」

「だとしたら、動く草は見たことないか?」

「草は動かないだろ。教官、酒の毒で頭がやられてるんじゃないか?」

「おい! まだ大丈夫だ。とにかく動く草はいる。引っこ抜くと叫ぶようなのもいるんだからな」

「ああ! 地面の中で歌っている草なら見たことがある。うるさいから潰したけど」

「なるほどマンドラゴラは討伐できるか……」

 教官は小さな紙切れに字を書き始めた。字が書けるなんて、もしかして商才があるのかもしれない。器用な男だ。


「トレントはどうだ?」

「なんだ、それは?」

「歩く木を見たことは?」

「夜中、伐採場を荒らしに来る木なら、よく切り株にしていた。切り株にすると勝手に逃げていくから、根っこも掘らなくていいし、あれは楽だったなぁ」

「トレントも討伐可能、と」

 教官はまた小さい紙に字を書いていた。


「ゴーレムは余裕で、動く鎧は……?」

「そんなのいるのか?」

「大丈夫だな。昨日壊してたし……。アイツ、獣を殺すのはダメでも、捕獲するのはどうだ?」

「落とし穴を掘って罠に嵌めるってことか? どうせ逃げ出すだろ。上手くいった試しはないな」

「檻を使った罠は試したことないのか?」

「ない」

「じゃあ鳥を捕獲したことはない、と?」

「ないよ。捕獲しようと思ったこともない」

「ちなみに、そのスープに入っている肉は鶏肉だぞ」

「そうなのか!? 誰が獲ってきたんだ? すごいな!」

 どうやって空を飛ぶ鳥を狩るのか知らないが、とんでもない凄腕の狩人が世の中にはいるらしい。


「よし、だいたいわかった。まぁ、ちょっと変わった冒険者だけど、やっていけなくはないさ。字は読めないんだろ?」

「ああ」

「この字の形だけ覚えて、掲示板を確認しに行こう」

 急いでパンとスープを平らげて、掲示板を見に行った。朝は掲示板の前に冒険者が集まるらしいが、まだ夜明け頃なので普通の冒険者は寝ているらしい。


「この字の形だけ覚えればいいからな」

「なるほど」


 教官は俺でもできそうな依頼を教えてくれた。

 そのうちにジルが起きてきた


「おはよう」

「ああ、おはよう」

 朝の挨拶を人間と交わすのも久しぶりな気がする。


「おい、アイツをどうするつもりだ?」

 教官がジルに詰め寄っていた。ちらっとこちらを見た教官は「字を覚えろ」と手で注意してきた。聞かれたくない話なのかもしれないが、誰もいないので丸聞こえだ。

「どうするつもりもないわ。どうなるか見てみたいだけ」

「昨日、教官どもの鎧を直しに行ったら、防具屋に『これを壊したやつを連れてこい。俺の仕事をよく見てやがる。弟子にしてやってもいい』と言われた。普段、弟子志願者を断ってる防具屋がだ」

「教官たちの鎧を壊したようね」

「それから、さっきアイツの薪割りを見た。ありゃなんだ? どうなってる?」

「薪割りを見たの? じゃあ、もう言うことはないわ。私はアイツの薪割りを見て、組んでいた仲間を捨てたの。あの仲間たちとでは、これ以上は強くもなれないし、稼ぎも上限がわかっていたからね」

「冒険者ってやつは……」

「私も冒険者になって少なからず経験は積んでいるつもりだったし、先も見えていたつもりだったけど、アイツを見て変わったわ」


 その後も、教官とジルは話をしていたが、文字が頭に入ってこないので、俺は掲示板に集中した。人が自分の話をしているのを聞くというのも、初めての経験だ。俺はいつの間にか売られていたから。

 今までは勇者に言われたことだけをしてきたけど、これからは自分で決めていっていいのだ。


「アイツ、私はあなたについていくことにしたわ。依頼は決まった?」

 ジルが教官との会話を追えて、近づいてきた。

「ああ、これにするよ」

 俺は『草潰し』をすることに決めた。

「マンドラゴラの群れ……。耳が壊れるわよ」

「大丈夫、ただの土の中の根っこを潰していくだけだから」

「一応、耳栓の用意はしておく」

「ありがとう。場所がわからないんだけどジルはわかる?」

「ええ、近くだから問題ないわ」


 仕事も見つかり、飯も食える。なんだったらぐっすり眠れる寝床もある。

冒険者の生活ってこういうものなのか。


 ジルの朝飯を待ち、「叫ぶ草」ことマンドラゴラがいる森へと向かった。

 町には商人や職人たちが起きて仕事の準備を始めている。物を売るのが商人。物を作るのが職人だそうだ。

鉄鉱石はナイフや鍋、斧や防具になるので、取ってきたらいくらでも買い取ってくれる。

 薪も料理にも使うし、寒い地方では暖を取るにも使うとか。


「火はやっぱり魔法でつけるのか?」

 教官に聞いてみた。

「ああ、種火を持っておく方が一般的だ。いつも魔法使いがいるとは限らないからな。ただ、魔法を使ったいろんな道具が出てきているよ。物を冷やしたり、温めたり、風を起こしたりするような道具まであるらしい。こんな田舎の町じゃほとんど見ないけどな」

「物を遠くに送る魔法もあるだろ?」

「あるなぁ。結構大きい施設が必要だって聞いた。見た目以上に、物を大量に入れられる鞄も開発されて、随分行商人も減った」

「そんなものまであるのか」

「魔法の知識が必要だから、扱いは魔法使いに限られるけど相当金が儲かるらしい。冒険者を辞める魔法使いも増えたな」

「でも人の生活は便利になったんだろ?」

「ああ、強盗に遭っても商品は無事だし、辺境の地でも飢えるようなことはなくなった」

 やっぱり魔法使いはすごい。

「こうやって便利になっていくのも全部勇者が魔界から帰ってきてからさ」

「そうなのか!?」

「ああ、勇者のお陰だ」

 俺の主人はとんでもなくすごい人物だったらしい。知らなかった。

 いつか墓に花を手向けたいな。これが俺の目標になった。

 朝飯を食べ終わったジルが戻ってきた。手に何か持っている。


「ほらアイツ。これサンダルね。あと荷物を運ぶための鞄」

「くれるのか?」

「あんたが稼いだ金で買った依頼に必要なものだから気にしなくていいわ」

 ジルは先読みして用意してくれたようだ。本当に賢い。

「ありがとう。これって大量にものが入るっていう魔法使いの鞄か?」

「あれは100回くらい依頼を請けないと買えないわね。これは普通の丈夫な鞄」

「そうか。俺がんばるよ。ジルもそういう鞄があった方が便利だろ?」

「そう……、だけど。アイツはもっと買った方がいいものが出てくるはずだから、そっちを先に買って」

 ジルには未来が見えているのかもしれない。返していかないといけない物が増えてしまった。


「そうか。うわっ、このサンダルって地面を掴みにくいな」

「地面は足で掴まなくていいのよ。石を踏んで怪我しないようにね」

「そういうためのものか」

「いってらっしゃい」

 教官に見送られて、俺たちは宿から出た。


 朝でも町には人が多かったが、昨日とは違ってちゃんと躱せる。少しずつ慣れていければいい。

 大きな街道から外れて、山道に連れていかれた。鳥が鳴き、獣の声も多く、マンドラゴラの声が聞こえにくかった。


「これは耳栓してたらマンドラゴラの声が聞こえないんじゃないか?」

 ジルに聞いてみた。

「聞こえない方がいいのよ。気絶しちゃうわ」

「ああ、そういうことか」


 仕事には順序があるらしい。

 初めにマンドラゴラを見つけて、引き抜き周囲の獣を気絶させて邪魔が入らないようにしてから潰していくのだ。やはり魔法使いは頭がいい。

 山道を歩き続けていたら、大きな岩が道を塞いでいた。

 

「なるほどこの岩があるせいで道が通れなくなっていたのね」

「壊すか?」

「ええ」


 大きい岩ほど声は小さいが、耳を澄ませばちゃんと打ってほしいという所が光り始める。ひと振りして岩を分け、どんどん砕いていく。特に獣がくる気配もないので、作業は進んでいった。

 山道の脇に石を積み上げて、先へと進む。あくまで依頼はマンドラゴラなのだ。


 山を登り続けていると徐々に森が深くなっていき、マンドラゴラの歌も聞こえてきた。狼や熊の臭いもする。


「あそこのマンドラゴラを引き抜いて、周りの獣を近寄らせないようにすればいいんだな?」

 狼と熊との距離の中間あたりにあるマンドラゴラを指さした。

「え!? ああ、そうね」

「耳栓しておいてくれ。マンドラゴラが叫んだらすぐに絞め落とすから」

「わかった」

 ジルはあまり森のことがわかっていないのか、戸惑っているらしい。町とは違う移動にかかる時間も変わるので、サンダルも脱いだ。

 

 俺も耳栓で耳を塞いでから、マンドラゴラを引き抜く。


 ギャッ……!!


 腹の皮膚が震えるような叫びだった。

 振動は周囲にも伝わったようなので、マンドラゴラは洗った布を絞るように潰しておいた。


「獣の声がしなくなったな」


 耳栓を外して耳を澄ませてみたが、木や石の音しか聞こえない。

「おーい! ジル。もう耳栓外しても大丈夫だよ!」

 その場にしゃがんでいるジルを呼んだ。

 手を振ってようやく顔を上げたジルが耳栓を外した。


「すごい叫びだったわね」

「ジルは草むしりしたことがないのか?」

「そうね。マンドラゴラは教材で見たことがあるくらい」

「教材ってなんだ?」

「えーっと、教育で使う道具かな。私、魔法使いになる学校に行ってたのよ。まぁ、出来が悪かったから冒険者になっちゃったけど」

「そうなのか!」

 出来が悪くて冒険者になれるなら、出来が良かったら何になっていたんだろう。


「宮廷魔術師になりたくて勉強したけど、上には上がいるって早めに気づいたわ」

「え~!」

 聞いても意味がわからない職業が出てきた。ジルは本来偉い人だったのだな。

「さ、マンドラゴラの討伐をしちゃいましょう。本体が討伐部位だからわかりやすいわね」

「うん、ジルはゆっくりでもいいよ。放り投げていくから、土を払って鞄に詰めていってくれ」

「え……? いや、私だって……」


 ジルが動き出す前に、俺は急いでマンドラゴラが埋まっている地面につるはしを振り下ろしていく。叫ぶ間もなく、地面から声が消える。

 葉も緑で形もわかりやすく他の草とも見分けがつきやすい。

 頭頂部に振り下ろすので、声が漏れるということもない。

 潰して、引き抜き、ジルへ放り投げる。

 ただただ歌が聞こえる地面につるはしを振るうだけなので、特別大変なことはなかった。獣への警戒の方が疲れる。

 周辺のマンドラゴラを一通り潰し終え、引き抜いた穴を見てみると、整然と並び過ぎていることに気が付く。


「もしかして薬師の畑だったかな?」

「え? どうして?」

「いや、畑みたいに引き抜いた穴がきれいだから」

「本当ね。でも、マンドラゴラの育成は許可がないとできないからどちらにせよ違法よ」

「違法って、やるとどうなる?」

「捕まって監獄送り。でも、岩で道を塞いでまでマンドラゴラを育てても、そんなに高値で取引されないからリスクが大きすぎるわ。マンドラゴラ以外に何かあるかもしれない……」


 よくわからないけど大変なことが起こっているらしい。


「あれ? 気絶したはずの獣の声が聞こえない」

 狼と熊がいた場所を探してみたが、毛も糞も残っていなかった。


「探した方がいいかな?」

「うん。でも一旦、引きましょう。雲の動きが早いし、もっと準備が必要だわ」


 確かにジルの言う通り、嵐の気配がしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも魅力的で引き込まれる作品 [気になる点] 花黒子氏の頭の中 [一言] 魅力的なキャラクター 先の読めない物語 いつも楽しませて頂き ありがとうございます。 \(^o^)/
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